第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 2.雪中野営実習(その2)
~Side ドルシラ~
「ほぉ……各自工夫していいとは言ったが……この班はまた、独創的な雪洞を造り上げたものだな」
感心したような口ぶりの裏に呆れの響きを滲ませて、私たちの雪洞――ネモさんは「イグルー」とかおっしゃってましたけど――を講評して下さっているのは、実習指導教官のオーレス先生です。……まぁ、お気持ちは理解できますわね。先生方が講義したのとは、全く別の「雪洞」が完成しているわけですから。
ジットリした視線を向けるオーレス先生に対して、ネモさんは知らぬ存ぜぬを押し通そうとしたようですが……無理と悟ったのか、直ぐに諦めたみたいです。
さすがにここまで見本と違っている以上、どうやって造ったのか手順報告は不可欠ですものね。
ネモさんの説明に納得したらしいオーレス先生が立ち去った後、暫くすると先生方から次の課題が告げられました。それは、〝各班が造った雪洞の中で火を焚いて煮炊きしろ〟――というものでした。
「当然だろう。これは悪天候時の避難を念頭に置いたものだと、実習の始めに明言した筈だ。その前提に立つならば、中で悪天候を遣り過ごせるだけの強度と持続性が、諸君らの雪洞には求められる。採暖のために内部で火を焚く事も含めて――だ」
……ここへ来る途中の煮沸実習、あれはこの時のための伏線でしたのね。
「おぃネモ、大丈夫なのか? 焚き火の熱で雪が融けそうな気がするんだが」
マヴェル様の懸念は、私たち全員が共有するものでした。
「問題無ぇよ……お前らがちゃんと俺の指示どおりに造ってさえいたら、な」
内部での煮炊きも含めて、故郷にいた頃に検証済みだとおっしゃるので、覚悟を決めて雪洞内でお湯を沸かす事にいたしました。尤も、さすがに熱源は薪ストーブではなく、もう少し小さめのオイルコンロでしたが。
「実践を想定した実習だってんなら当然だろうが。【収納】持ちでもなきゃ、薪ストーブなんてそうそう持ち運びはできんのだぞ。マジックバッグの容量にだって限りがあるんだからな」
ネモさんは何やら自信ありげにそうおっしゃるのですけど……これ、ネモさん当人の見識ではありませんわよね。【収納】の中に普段の食事からテントまで、財産一式仕舞い込んで持ち運んでらっしゃる方の発想ではありませんもの。誰かから入れ知恵されたんでしょうね。……察するに、「開かずのマジックバッグ」の一件に絡んでの事でしょうかしら。
ネモさんのしたり顔に少し苛つきますけど、発言自体は妥当なものです。
「……へぇ。小さく見えても結構暖かいんだね」
「周りが雪に、文字どおり〝閉ざされてる〟って事もあるんだろうが、熱が逃げなきゃ結構暖かいぞ。けどまぁ――」
ネモさんは皆の顔を見回すと、続けてこうおっしゃいました。
「閉鎖されてる分だけ、換気には注意しなくちゃならんがな」
ネモさんの説明によると、こういう雪中野営の場合に注意すべきは――寒気ではなくて――寧ろ換気なのだそうです。寒気が入るのを嫌って隙間を塞ぐため、今度は換気の問題が発生するのだと力説されました。
殊に内部で火を焚く場合には、空気が濁るので要注意なのだそうです。エルメインさんやアスラン様も頷いていらっしゃったので、野営では能く知られた事なのかもしれません。
「そういう意味ではこんな雪洞よりも、寧ろテントの方がヤバいかもしれんな。雪洞の場合だと、さっきのマヴェルの言い分じゃねぇが雪が融けそうな気がして、派手に火を焚いたりはしないだろうからな。
「冬の野営では基本的に、テントや雪洞内での煮炊きは厳禁だ。暖を取るのも基本的には重ね着で、焚き火なんかは普通やらんな。今回は――」
――と言いかけたネモさんの台詞を遮るように、外で悲鳴のようなものが上がりました。それも彼方此方から。
「……大方、雪洞の雪が融けたんだろうぜ。雪の固め方が甘かったか、火を盛大に焚き過ぎたか……」
造り方や使い方が不適切な班を炙り出すのに使ったんだろう……と、ネモさんはおっしゃいますけど……もしもそうだとしたら、先生方も容赦ありませんわね。