第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 1.雪中野営実習(その1)
~Side ネモ~
二日目は雪中野営の実習だなんて言うから、てっきりビバークの訓練でもするのかと思ってたんだが……実習の現場はキャンプハウスの庭だった。立ち入り禁止を言い渡されてたのはこのせいかよ。何人か忍び込もうとしてとっ捕まってたし。やけに警戒が厳重なんでおかしいと思ってたが、二日目の実習に使うってんなら、そりゃ雪合戦や雪だるまで雪を荒らされちゃ堪らんわな。
で、それを謀った腕白どもを睨め付けるように、先生方がおっしゃるのには、
「冬季の出動となった際には、雪原で野営をする羽目にならんとも限らん。いや、寧ろそうなると覚悟しておくべきだ」
まぁ、それについちゃ同感だわな。
「そこでそういう事態になった時の事を慮って、今日は雪で待避所を作る経験をしてもらう。降雪と風を少し遮って休めるだけでも、凍死の危険はぐっと下がるのだ」
ほぉ……雪遊びかと気楽に考えてたやつらも、「凍死」というパワーワードを聞かされて肝が冷えたようだな。騒ついてたのが収まった。先生方も心得てるもんだ。
そのタイミングで先生方による説明が始まる。積雪が深い場合にはそれを逆手にとって雪穴を掘り、上をシートで覆って天井にするとか、斜面に積もった雪に横穴を掘ってビバークする方法とか、掘った雪が崩れてこないようにする工夫とか。
これって、軍人や冒険者には割と知られた知識のようだ。俺も故郷にいる時に猟師さんたちに教わったし、冒険者ギルドの講習にも出て来たしな。
で――今日俺たちがやる実習ってのは、
「雪を積んで小山を作って押し固め、そこに人が入れる程度の穴を掘る――ねぇ……」
「斜面に積もった雪に横穴を掘る、その応用のようですね。斜面が無い時にも使えますし」
……所謂「かまくら」作りってやつだ。前世でも何度かやった事がある。
最初は児童会のスキー教室で教わったんだっけな。スキーそっちのけで熱中してたやつもいた。いや、俺は程々にしてたんだが……前世の妹が、ちょっとな。
両親も妹の面倒を見るために「かまくら」作りに廻って、俺は一人で心置き無くスキーを楽しんだってのに……妹のやつがドヤ顔でかまくら自慢を始め、挙げ句に上から目線で俺をボッチ扱いしたんでムカついて……橇に乗せて上級コースを山頂から大滑降してやったのは良い思い出だ。妹のやつはギャン泣きしてたが、兄貴の威信ってやつを思い知らせてやれた。……まぁ、後で両親と町会長さん、ついでにスキーの指導員さんからは大目玉を喰ったんだが。
まぁ、そういった心温まる思い出話は措いといて、
「……で、素直に雪山を作るのか? ネモ」
……おぃコンラート、妙に含みのある言い方をするじゃねぇか。
「いやだって、〝各自工夫があるのなら工夫してみろ〟――って、先生方もおっしゃってたし」
「あの言い草だとつまり、〝何か工夫の余地がある〟という意味に取れるよね」
「で――ネモ、どうするんだ?」
「指示を下さいませんこと? 班長」
班員ども……当たり前のように指示待ちに徹しやがって……
『いうこときかないより いいんじゃないの? マスター』
はぁ……ヴィクの言うとおりかもしれん。……少なくとも、そう考えた方が少しだけ気が楽だ。
「先生方の言う〝工夫〟がどんなもんかは知らんが、俺が知ってる雪洞の造り方は、もう一つだけだな」
漢字で「雪洞」って書くと「雪洞」とも読めるんだが……いや、今は雪洞の作り方じゃなくて……俺が知ってる〝もう一つの方法〟ってのは「イグルー」ってやつだ。エスキモーとかイヌイットが、雪ブロックを積んで建てる小屋の事だな。方法を知ってるだけじゃなくて、実際に造った事だってある。……前世の妹が「かまくら」でドヤ顔したのがウザかったから、兄の威信を守るために「イグルー」で対抗したんだが。
その経験――と言っていいのか?――を活かして、今世でも弟妹たちに造ってやったら大好評だった。湖水地方きってのイグルー遣い・ネモってなぁ、俺のこった――なんてな。
そんなこんなの事情を――前世の件は適当に暈かして――話してやったら、班員どもが想像以上に食い付いたんで、成り行きのままイグルーを造る事にする。
雪の厚みを確保するため、掻き集めて来た雪を地面に散撒いて踏み固め、専用の雪ナイフでブロック状に切り出していく。
生憎と雪ナイフは一つしか無いし、切り出しのコツを心得ているのも俺だけだ。だからと言って俺一人だけ働くってのも業腹……効率が悪いんで、ブロックサイズの容器に雪を詰め込んで固める方法も併用する。
後は地面に描いた下書きどおりに、雪氷ブロックを積み上げていくだけだな。