第六十章 冬季野外実習~一日目~ 4.雪上歩行実習(その4)
~Side レスリー・クィントン~
雪道を予定の分岐点までやって来て、Bクラスとはここで分かれる事になります。先頭でラッセル作業に勤しんでいたBクラスのバルトラン君もここで離脱するわけですが、Bクラスの先頭がまだ分岐点に達していませんので、ここで待機するようですね。
あら、バルトラン君を一人で待たせておくのも不憫と思ったのか、ネモ君が暫く付き合うみたいです。我がクラスの「裏組長」、あれで結構面倒見が良いですからね。
少し経ってふと分岐点に目を遣ってみる――尾根が緩くカーブしていて、後ろを振り返らなくても見えたので――と、Bクラスの先頭が追い付いてきて、バルトラン君もそちらへ合流した様子です。ネモ君はそれを見届けてからこちらへ向かうようでしたが、先頭とはかなりの距離が空いています。先頭を行くドルシラ様たちは、既に斜面を降りたところにおいでです。
どうするのかと思っていたら……ちょっと裏組長、あんた何やってんのよ。
……呆れた事に彼は、少しコースを外れたかと思うと、雪の斜面に腰を下ろして……そのまま斜面を滑り降りて行きました。
……大事な事なのでもう一度言います。お尻で、斜面を、一気に滑り降りて、ドルシラ様たちに追い付きました。
……いや……そりゃ確かにさぁ、ちんたら歩いてくよりも、斜面を滑り降りた方が早い……ってのは解るわよ? けど、それを、ここでやる? 選りに選って考え無しの男子どもが、雁首揃えて眺めてるこの場で?
あたしたち女子生徒はただ呆然と見てるだけだけど、案の定、男子の一部がそわそわとしだした。一番ヤバいのはエリックの馬鹿だろうと思ってそっちを見ると……あー、やっぱり……後に続こうとしてる馬鹿を、「飼育係」のロドニーが必死に止めてる。もうこうなると予定調和と言うか……お約束よねぇ。
クラスの全員が足を止めて、どうなる事かとワクワ……心配して見守っていたら、
「どわぁ――っっっ!!」
……予想外の方向から絹を裂く……ではなくて、生木を裂くような悲鳴が聞こえた。
慌ててそっちに目を遣ると……ちょっとバルトラン君、あんた――何やってんのよ。
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~Side ドルシラ~
Bクラスに合流するバルトラン様に付き合うと言って列を離れ、分岐点で待機していたネモさんですけど……私たちが斜面を降りきったところで戻って来ました。
……えぇ……コースの外から、スピーディに、颯爽と。斜面をお尻で滑り降りて。
ネモさんは「グリセード」とか「シリセード」とかおっしゃっていますけど……アーウィン先生は頭を抱えておいでです。無理もありませんわよね。
「いや、今回は遅れを取り戻すために、ちっとばかし裏技を使っただけだからな。最低でも滑降制動と滑落停止のコツを呑み込んでからじゃねぇと、初心者にはお勧めできねぇぞ」
そうおっしゃるネモさんの手には、私がお借りしているのとはまた違う杖がありますわね。持ち手の部分が小型の鶴嘴のようになっています。ネモさんは「ピッケル」と言っていましたけど、察するにそれが……
「滑降を制禦するための道具というわけか? ネモ」
「そういうこった」
「単に足で突っ張るようにしたら駄目なのかい?」
「まぁ、コツを呑み込んでりゃそれでもいいんだが……」
――ネモさんが言いかけた丁度その時に、
「どわぁ――っっっ!!」
……野太い男子生徒の悲鳴が響き渡りました。
思わずそちらに目を遣ると……
「あれは……Bクラスの生徒かな?」
「髪の色――と、前科――から判断すると、バルトランのようですが……」
「あのバカ……足で制動かけようとして、失敗しやがったな」
ネモさんがおっしゃるには、スピードが乗っている時に下手に足で制動をかけようとすると、勢いを殺しきれずに転倒する事がままあるそうです。
「……で、ああいう感じに頭から雪に突っ込んで止まるわけだ。俗に云う『顔面制動』ってやつだな」
「が、顔面制動……」
「恐ろしい止まり方があったもんだね……」
「〝生兵法は怪我の素〟――ってやつだ。良い見せしめ……教訓になっただろうから、レオのやつも本望だろうぜ」




