第六十章 冬季野外実習~一日目~ 1.雪上歩行実習~(その1)
~Side ネモ~
明けて翌日、俺たちは「雪上歩行実習」とやらに繰り出す事になった。簡単に言えば雪中行軍だよな。
態々「実習」と銘打ってまでそんな事をやらせるのかと、内心で呆れてたんだが……考えてみれば、ここまで積もった雪の上を歩いた経験のある者なんて少ないかもしれん。特活で学園の除雪をやった時もそうだが、雪山での救難出動の時も、基本は除雪された道を通っただけで、「かんじき」とかも付けなかったしな。まぁ、俺は前世と現世で経験済みなんだが。
あまり大人数で歩くと道の雪が融けちまって、実習にならんのじゃないかと思ってたが……そんな事は学園側も承知の上らしい。クラス毎に分かれて移動するようだ。最初にA・BクラスとC・Dクラスに分かれ、更に途中でクラス毎に分かれるみたいだが……要するに、積雪への経験と体力を考えてコースを分けたって事だろう。
最初は「かんじき」の付け方講習からなんだが……学園から支給される歩行具は「スノーシュー」タイプなのか。俺の「輪かんじき」よりサイズが、つまり接地面積が大きいから浮力も大きくて沈みにくいし、ラッセル力も高いんだが……子供の身体にゃ少しばかりデカ過ぎて扱いにくいんじゃないのか? まぁ、市販品がこれだけだってんなら、慣れるしか無いって現実もあるか。
底には滑り止めの爪が付いてるな。縁がパイプ状でグリップ力を期待できないから、爪でその分を補うって事なんだろう。
「……ネモのは随分小さいな?」
「それも自作なんですの?」
「まぁな。故郷で使ってたやつに、少しばかり手を加えたもんだ」
俺の故郷は湖水地方で、湿地もそれなりに多かったからな。湿地を歩くための田下駄みたいなもんはあったんだよ。雪の上を歩くのもそれを使ってたんだが、俺には前世の知識があったからな。派生型として輪かんじきを試作してみたら好評で、冬山へ入る機会の多い猟師さんたちも使うようになった。ま、そんな機会の無い者は、今までどおりの田下駄で間に合わせてたけどな。
今回はブーツに装着するアイゼンも買っておいたし、それを付けりゃアイスバーンでも滑る事は無いだろう。
「そっちのより小さめな分浮力も小さいが、その分取り回しが楽だからな」
「なるほど……」
「それぞれに一長一短があるんだね」
「ネモ、その歩行具は流砂の上も歩けるのか?」
あぁ、エルは砂漠民の出身だし、雪よりは流砂の方が気になるか。
「……流砂は知らんが、湿地の上を歩くやつは板製で、サイズももっと大きかったな。確かお前らが付けてるのよりも、縦横もうちょいデカかったと思うぞ」
「なるほど……」
「それに、俺が言ってる〝湿地〟ってのも、底無し沼みたいなもんじゃないからな。そこまでの危険地には対応してねぇよ」
「そうなのか……」
あー……そう言や「運命の騎士たち」の本編で、流砂が登場するステージがあったっけな。こいつはそこを気にしてるんだろうが……一応釘を刺しておくか。
「おぃエル、こいつは飽くまで〝危険でない程度の積雪〟に対応するための歩行具だからな。おかしな事を考えるんじゃねぇぞ?」
「……解った」
前回の救難出動で雪崩も経験した気になってるんだろうが……こいつらは何も解っちゃいない。前回のアレは全層雪崩で、スピードもゆっくり目だったろうが。表層雪崩はあんなノンビリしたもんじゃねぇぞ。何たって時速百キロとか二百キロとかで襲いかかって来るんだし、到達範囲も広いんだからな。
「そ、そうなのか……?」
「おぅよ。前回のアレなんざ子供だましみてぇなもんだ」
「アレが子供だまし……って……」
「二百kmって……馬でも逃げ切るのは無理じゃないか……」
ちったぁ雪の怖さが解ったか。
「まぁでも、ここはそこまで危険な場所じゃない筈だ。何たって学園が実習地に選んだ場所だしな」
「そ、そうだよね」
「危険は無いと信じよう……」
「ま、雪崩の危険はほぼ無いとしても、甘く見てると足を掬われんのが雪山だ。くれぐれも舐めてかかるんじゃねぇぞ」