第五十九章 冬季野外実習~移動日:往路~ 2.ティー・タイム
~Side ネモ~
移動の途中で休憩時間があった。馬車の中に閉じ籠もってばかりじゃ窮屈だろうって配慮かと思ったが……この学園の教師はそこまで甘くないらしいな。
「寒さを凌ぐために湯を沸かして煎湯を淹れる――って言われても……」
「いや、その時間を作ってくれたのは確かにありがたいんだけど……」
煎湯(ティザーまたはティー)っていうのは、要するにこっちの世界のハーブティみたいなもんなんだが……まさかそんなもんが必要になるとは思ってなかったらしく、用意してこなかったやつらがほとんどみたいだな。まぁ、茶葉の用意が無ければ白湯でもいいって話だが。
……アーウィン先生、最低限必要なものは事前に教えてくれたが、〝あと、各自必要と思われるものがあれば、適宜持参するように〟……なんて、爽やかな笑顔で言ってたもんな。自分で考えて用意しろって意味なんだろう。出発の前から実習は始まってるって訳だ。ま、俺は【収納】の中に各種の茶葉も取り揃えてあるから、何の問題も無いけどな。
けど――課題の要点はそこじゃなくて、
「……雪の上でどうやって湯を沸かすんだ?」
茶葉がどうこうという以前に、雪中での煮炊きについて知ってるやつらが少ないみたいだ。特にA・Bクラスの坊っちゃん嬢ちゃん。
あー……クラス毎に休憩の場所が離れているのもそのせいか。C・Dクラスなら要領良く熟しそうだが、それを見るのは罷り成らんって事かよ。
お……ぷぷっ、レオのやつ、露骨にクラス担任に見張られてやがんの♪ 夏に焚き火に火を着けようとして、ファイアーボールをぶっ放した前科があるからな。同じ轍は踏まん、踏ませんって事なんだろう。
「おいネモ班長、他所見してないで指示をくれ。雪原での焚き火というのはどうやるんだ?」
はぁ……コンラート、ちっとは頭ってもんを働かせろや。
「雪の上で火を焚くのが難しい理由は幾つかある。温度が低い事、湿っている事、それと、焚き火の熱で雪が融けて焚き火自体が雪に沈む事――だ。言い換えると、これらの障害が起きない条件を整えてやればいいわけだ」
一番お手軽なのは焚き火台だろうな。前世なら灯油缶で代用って手もあったんだが、さすがにこっちじゃその手は使えない。あー……金属の盾を持ち込んだやつらがいるな。中々良いアイデアだ……と思ってたんだが、
「いや……あれって騎士団の装備品に見えるけど……?」
「黙って持ち出したんなら厳罰ものです。少なくとも、親兄弟からの雷は免れないかと」
……想像力は足りてたようだが、調達の手段に難があったか。
「他には――例えば燃えにくい木を雪の上に並べて、その上で火を焚くって手もあるな。木が熱を遮ってくれるから、下の雪も融けにくくなる。枯れ枝なんかを火床の下に組み敷いて、雪面からの隔離と通気の確保を両立させる手もあるな」
誰か薪を持参したやつはいるかと訊ねてみたんだが、全員黙って目を逸らした。そういうのは学園側が準備する――というお題目を真に受けて、自前での用意を怠ったみたいだな。
「残るは枯れ枝ですけど……」
「この周りでそんなものが得られるとは思えん……ですが?」
幾つかの班は諦めたように先生方のところに向かってるな。遮熱板みたいなものを貸し出してくれるみたいだが……多分、減点になるんだろう。これは一応「実習」なんだしよ。
「で、ネモは何を用意してきたんだ?」
「おぃエル、何でもかんでも俺に頼ろうとするんじゃねぇ」
「しかし、ネモは曲がりなりにも班長なんだろう? なら、何かしらの用意はしてるんだろう?」
「思いがけなく前回冬山を体験したとは言え、僕もエルもこの手の作業には不案内だからね。ネモ班長だけが頼りなんだけど」
ちっ……班員ども、段々と擦れてきやがったな。
まぁ、一応の用意はしてあるんだが。
「最後の方法がこれだ――熱源となる道具を用意する」
そう言って俺が取り出したのは、盗賊――王都に来る途中に狩ったやつら――が持ってたオイルコンロと、こないだ買った「開かずのマジックバッグ」に入っていた薪ストーブだ。……どっちも入手経路はちとアレだが、品物に間違いは無いんで重宝してる。勿論、燃料もちゃんと用意してあるとも。
「準備万端整ってるんだね……」
「て言うか、普段から財産の一切を持ち歩いてるだけだな」
「あぁ、【収納】かぁ……」
「熟羨ましいスキルですわね」
おぅよ。持ってて良かった【収納】スキル――ってとこだな。
「あとはこれでお湯を沸かせばいいわけか」
「そうそう――って、おぃ待てフォース。何するつもりだ?」
「え? ……お湯を沸かすんだろ?」
「そのとおりだが……何で水筒なんか持ちだしてやがる。水の素ならそこらに幾らでもあるだろうが」
そう言って周りの雪を指差してやったら、全員が揃ってポカンとしてやがった。
雪が融けたら水になる――って、そんな事も知らんのか。
「いえ……それは勿論存じてますけど……」
「水の原料という見方はしていなかったな、確かに」
「そうだよねぇ……」
「俺は思い付きもしなかった」
「あはは……僕もエルも、雪というものに馴染みが無いからね」
――うむ。エルとアスランの事情は仕方がないとしても、残りの連中はもうちっとしっかりしてほしいところだぜ。
ともあれ飲用に用いるんなら、材料の雪も少しでも綺麗な方が良いだろうとでも思ったのか、コンラートが立ち上がったんだが……
「おぃ待てマヴェル。下手に道を外れるんじゃねぇ」
「山の中でもあるまいし。こうも見晴らしが好い場所で、そうそう危険は無いだろう」
「ちっとは頭を使えマヴェル。今のここは確かに〝見晴らしが好い〟けどな、それは一面が雪に覆われてるからだろうが。その雪の下には――」
――と、俺が注意を喚起しようとした、まさにそのタイミングで、
「おわぁっ!?」
……安定のエリックがやらかしてくれた。あの様子だと、道路脇の水路に落ち込んだみたいだな。
「……雪の下には水路だとか何だとかが隠れてるんだよ。下手にそこに踏み込んだら、あぁいう態を晒す羽目になるんだ」
「……なるほど、理解した」
「……そう言えばこの辺りって、確か街道の脇に水路がありましたわね……」
「選りに選って、そんな場所で休憩を取ったのって……」
「こういった事態を期待……見越しての事だろうね、多分」
全く……この学園の先生方って、好い性格の持ち主が揃ってるよな。