第五十九章 冬季野外実習~移動日:往路~ 1.馬車に揺られて
~Side ネモ~
冬季実習の連絡があってから六日目の土の日――前世風に言えば水曜日だな。毎度の事ながらややこしい――俺たちは実習地へ向かう馬車に揺られていた。距離的にはそこまで離れていないらしいが、何しろ雪道だから時間がかかる。朝のうち……と言うか午前に出発したんだが、着くのは夕方間際になるって話だ。まぁ、馬車をゾロゾロと連ねての移動だしな。さすがに今回は自分の足で歩かせるって事はしないらしい。
「当然だ。そんな事をした日には、到着前に倒れる生徒が続発する。……多分、私も含めてな」
おー、ちゃんと自覚できてたか。偉いぞコンラート。
「何しろこの冬季実習は、或る意味で夏の実習以上に苛酷らしいからね。楽しいのは楽しいらしいんだけど」
……思わせぶりな台詞を吐くじゃねぇか。一体何を知ってんだ? フォース。
「いや……実習の内容は、『学園案内』にも簡単な記述がある筈だけど?」
「畏れながら殿下、ネモがそんなものに目を通しているとは思えません」
「能く解ってるじゃねぇかマヴェル。だったらちゃんと説明しろ」
「この班の班長はお前だろう、ネモ」
「そう言うお前は将来の宰相候補だろうが。孰れ愚民を導く日のための実習だと思え」
正論で遣り込められたコンラートのやつが、渋々といった口調で説明するところに拠ると、今回の実習日程は――
・初日(つまり今日)……実習地への移動と宿泊の支度。
・二日目……雪上歩行の実習。
・三日目……午前中は雪中野営の実習。午後は自由行動。
・四日目……撤収。
――というスケジュールになってるらしい。……スキー教室はどこ行ったんだ? 三日目の自由時間ってやつがそうなのか?
「いや、一応は自由行動となってるけど、疲れて休む生徒が大半みたいだよ?」
「そうなのか……?」
そこまで疲れる〝雪中野営〟ってのはどんなもんかと思ってたが、訊けば要するに「かまくら」作りじゃねぇか。たかがかまくらで、何でそこまで疲れるんだよ。それとも何か? 俺が思ってんのより、デカいやつを建てるってのか?
……そうだよな。仮にも「王立魔導学園」のかまくらなんだし、チンケなものである筈が無いよな。それこそ前世の「雪祭り」で見るような、二階建て・三階建てぐらいのバカでかいやつを建造するって可能性も……
「あ、いや。そこまで巨大なものではないそうだが……」
「普段やりつけない事をやらされるから、疲労と筋肉痛が酷いっていう話だよ?」
「前日の雪中行動も、かなり肉体を酷使すると聞きますわね」
「……その〝雪上歩行訓練〟って、一体何をやらされるんだ?」
「何って、雪の山道を歩かせられるだけだよ……延々と」
「珍しい体験ではあるそうだが、慣れない雪道でかなり疲労するそうだ」
……おい……まさか史実の「八甲田山」みたいな事をやらされるんじゃないだろうな?
死人が出るような訓練なんて、洒落にならんぞ?
「落ち着けネモ。この学園の生徒を潰すのに、そこまで大した訓練は必要無いだろう。夏の郊外キャンプを思い出してみろ」
エルのやつにそう諭されたんだが……言われてみればそーだよなぁ。……〝潰す〟のが目的みたいに聞こえる言い回しはともかく、高々六時間歩くだけで悲鳴を上げてた軟弱どもだもんな。雪道だって事を考えると、その半分でもへたり込みそうだ。
しかし――A・Bクラスの坊ちゃん嬢ちゃんはともかく、C・Dクラスの腕白どもはどうなんだと思わないでもなかったが……後日ナイジェルに訊いたところ、俺みたいな田舎育ちを別とすれば、そこまでの積雪を体験した事のある者は少ないそうだ。町だと道路なんかは直ぐに除雪されるしな。この国の人口分布が南の方に偏ってる事もあって、雪山を体験した事のある「子供」ってのは多くないらしい。
まぁ……俺の場合は前世での経験が大きいし、現世でも猟師さんたちに蹤いて山に入っていたからな。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。今回は四話構成となります。宜しければこちらもご笑覧下さい。