幕 間 ボウタイの顛末
~Side ネモ~
アスランに「開かずのマジックバッグ」の中身、正確にはその一部を押し付けて下宿に帰ってみると、スカイラー商会からの伝言が届いていた。至急来店を請う……って、何があったってんだ?
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訳が解らないままにスカイラー商会を訪れて、そこで店長さんから聞かされた話は……
「生地の注文? ……ボウタイのですか?」
「他に思い当たる節は無いんですよ。実際何人かのお客様には、〝クラヴァットの代わりに首に巻く布〟の事を訊かれましたし」
俺がボウタイ用に買ったのと同じ生地、その注文がぼつぼつと舞い込み始めたという話だった。
機を見るに敏な店長さんの事だから、これはボウタイに関係しているに違いないと読んで、俺を呼び出したって事らしいが……そう言やジュリアンのやつに色々訊かれたっけな。
どこで手に入れたのかって雪山の時に訊かれたから、自作だとだけ答えておいたら、今度は始業式の日に再度質問してきやがった。父親が欲しがってるって言ってたが……考えてみると、あいつの親爺さんって国王だよな? ……生地はスカイラー商会で買い入れた――って言ったのが拙かったか?
……思い出したわ。お嬢の祖母ちゃんからも、それっぽい事を警告されてたっけか。あの時は軽い冗談口だと思って、話半分に聞き流してたんだが……こりゃ、冗談じゃなかったってオチか?
……おぃ、マジで冗談じゃねぇぞ。俺は貴族相手にネクタイを卸す未来なんざ真っ平だ。そういうのは、もっと適役の誰かに押し付けて……
「それでネモ君、できたらその〝クラヴァットの代わりに首に巻く布〟の事を教えてもらえませんか?」
……いたわ、〝もっと適役の誰か〟。
――よし!
「そうですね。ご迷惑をお掛けしたようですし、知らぬ存ぜぬというわけにもいきませんか」
適当な前口上を付けて、俺は【収納】に仕舞っておいたボウタイの現物を取り出した。舞踏会で何人かから言われた内容も付け加えてな。
「ほぉ……なるほど。こうやって首に巻く――と。……ネモ君、これは上襟を止めておく役割もあるんですね?」
「そうですね。元々はそういった目的のために考案されたらしいです」
「ふむ……防寒目的のクラヴァットとは違いますね」
あー……クラヴァットって元々は防寒目的だったのか。
前世の歴史じゃ、〝クロアチアの兵士が首に巻いていたスカーフで、無事な帰還を願って妻や恋人から贈られたもの〟――って聞いた憶えがあるんだが……そうだよな、元がスカーフなんだから、そもそもは防寒を目的としててもおかしくないよな。
いや……前世でも「クラバット」がネクタイの起源だったって話を聞いたが、それとは別に上襟を止めておくためのものだった――って話も聞いた事があるんだよな。
……適当な事を言っちまった気もするが……まぁ、大丈夫だろ。
(『マスター それってフラグ――』)
(『ヴィク?』)
(『んーん なんでもないー』)
……ったく。「言霊」って事があるんだから、迂闊な事は言わないでほしいもんだ。
(『わかったー ごめんねマスター?』)
うんうん、聞き分けてくれて嬉しいぜ。ヴィクは本当に良い子だな。
(『えへへー♪』)
「それで――ネモ君?」
「あ、はい」
いかんいかん、今は店長さんと相談の最中だったよな。
「えーと……ボウタイの型紙はお渡しします。代わりに、面倒な交渉の方をお願いできれば……」
「……いいんですか?」
「えぇ。俺じゃあ巧く使えませんし。こういうのは本職にお任せしたいと」
「……型紙の代価は、然るべき金額をお渡しします。あとは、売り上げの一部を歩合という形で」
「あ、ありがとうございます」
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斯うして俺は、面倒事の回避に成功した。
――翌日、ジュリアンのやつをとっちめて、裏の経緯を訊き出してやったので、店長さんにも伝えておいた。
うむ――王族とのフラグを圧し折れたのは上出来だ。




