第五十六章 開かれた扉~マジックバッグ開封作戦~ 7.再び学園
~Side アスラン~
ジャンビヤを受け取った翌日の放課後、ネモ君は〝話がある〟と言って僕とエルを呼び止めた。昨日の今日の事だから、話というのはあのジャンビヤに関わる事だろうと見当が付いた。ただ、ネモ君に言わせると……
「まぁ面倒臭いっちゃ面倒臭い話なんで、あまり気が進まんのだが……かと言って、黙っておくのも不義理な気がしてな」
そう前置きしてネモ君が聞かせてくれた話は――確かに〝面倒な話〟ではあったけど、〝無駄な話〟じゃなかった。……少なくとも僕にとっては。
内容自体は、ジャンビヤと一緒のマジックバッグに入っていた物品の観察結果に過ぎないんだけど……
「曰くありげなあの短剣と一緒に入ってた事を考えると、おかしな考えが浮かんできやしねぇか?」
「確かに……」
「とは言え――だ。これだけじゃ推測の材料にはなっても証拠にはならん。……ここにある分だけじゃあな」
ネモ君が示唆しているのは、あのジャンビヤが無ければ――という事なんだろう。
ジャンビヤ無しでも不穏な想像が浮かんではくるけど、それだけだと単なる疑いでしかない。あのジャンビヤという具体的な「証拠」があってこそ、この「疑い」は初めて検証可能な「仮説」となる……
「短剣の事は漏らしてねぇからな。冒険者ギルドが動く事ぁ無ぇ筈だ」
心配りがありがたいなぁ……
「で……ネモ君?」
「あぁ、俺にゃあどうしようもねぇこのガラクタを幾つか、面倒ついでに引き取ってもらおうかと思ってな」
……確かにね。
天幕とか薪ストーブとかは彼にも使えるだろうけど、汚れた付与布――頭巾の代わりに使ったのかな?――だとか壊れた魔道具、数打ちのナイフや折れた剣、それに携帯食料や硬貨なんかは、僕の方が「使い途」を見出せるかな。
「……そうだね。僕が纏めて引き受けようか。故国に帰った時にでも処分しておくよ」
「話が早くて助かるぜ。……あぁ、それと……その壊れた魔道具だけどな、ギルドにもメイハンド先生にも見せてねぇし、話もしてねぇからな」
「……解った。ありがとう」
「何、こっちこそ面倒を押し付けて悪いな」
そう言ってネモ君は立ち去って行った。
・・・・・・・・
「エル、この『壊れた魔道具』だけど……壊れる前は、認識阻害系か幻惑系の魔道具だったみたいだ。……壊れてるんで、正確な【鑑定】はできなかったけど」
――僕がそう言うと、エルはピクリと身動ぎした。心当たりがあるのかな?
「……俺もうろ憶えなんですが……確か、『アナンダのジャンビヤ』を奪われた族長を追放して、後釜に座った一族が……」
「それを持っていたって?」
「飽くまでうろ憶えです。詳しい事は叔父にでも訊いた方が……」
「……そうだね。ハラディンにはこの事も併せて訊くとしようか」
けど……盗まれたジャンビヤが入っていたのと同じマジックバッグの中に、盗賊らしい連中の道具と――ジャンビヤの盗難によって利を得た男所有の魔道具が一緒に入っていた。……状況証拠から判断すれば、限り無く「黒」だね。
使い処と使い方は考えなきゃいけないだろうけど……使えそうなネタが手に入ったなぁ。ネモ君には後でお礼しておかないと。
「そう言えば……」
「うん? どうかした? エル」
「いえ……レベッカ嬢と少し話してみたんですが」
「もう? 動きが早いね」
「恐れ入ります。……それで、彼女が言うには、ネモは入学早々から彼女の事を警戒していたようだと」
「入学早々から……?」
「はい」
……ネモ君の言い分を信じるなら、彼がレベッカ嬢を苦手にしている理由は、〝コネを作るのが得意で、どこで誰とどう繋がってるのか判らないから面倒〟だった筈だけど……入学直後からその事を知っていたという事か?
何か凄い違和感があるんだけど……
「……エル、ネモ君の事情に深入りするのは止そう。マナー的にも褒められた事じゃないし、何より……下手に突くと、とんでもないものが飛び出して来そうな気がしない?」
「……同感です」
「それよりも、レベッカ嬢に伝手を結ぶ事はできないかな。できれば自然な形で」
「……彼女はネモに興味があるようでしたから、ネモの傍にくっ付いていれば……」
「自然な形で出会えるかぁ……ネモ君には足を向けて寝られないね」
「確かに」
◆奪われた「アナンダのジャンビヤ」が辿った経緯
・族長の地位を狙う一家が、盗賊にジャンビヤの奪取を依頼
・裏の特殊部隊っぽい連中
・認識阻害か幻惑系の魔道具を貸し出す
・魔道具の助けを借りてジャヒンタの一家の敷地内に侵入
・変装に使用したスカーフ(大きめのクーフィーヤ)にも認識阻害の付与
※ジャヒンタの部族はアラブ風の衣装。サウジアラビア風?
・擬装を見破られて強襲に
・戦闘で破損した魔道具をマジックバッグに収納
・激しい戦闘の末、ジャンビヤを奪って逃走。この時点で双方に犠牲者
・擬装用のスカーフとして用いていた布をマジックバッグに押し込む
・平素からマジックバッグには、即座に使用する予定の無い備品を収納している
・逃走先で、依頼者が口封じのために差し向けた討手と激戦。双方共倒れ
・半分ドロボウみたいな商隊が、死屍累々の現場を通りかかる
・屍体の持ち物を洗い浚い回収した後、証拠湮滅と弔いのために屍体を埋葬
・嵩張る布などを無理矢理詰め込んだ上に、破損した魔道具と破れた魔術布から漏れた魔力がマジックバッグの魔術式に干渉、作動不良を引き起こす
・拾った連中にも開けられない
・不良品として売却される




