第五十六章 開かれた扉~マジックバッグ開封作戦~ 3.「アナンダのジャンビヤ」(その1)
~Side エルメイン~
週明けの日の休み時間、ネモが俺のところにやって来て、古めかしくて曰くありげなジャンビヤを渡して寄越した。
「……何だこれは?」
「おぅ。いやな、町のガラクタ市でマジックバッグの出物を買ったんだがな――」
「マジックバッグの出物!?」
驚いたようにネモの台詞を遮ったのはマヴェル様だが……俺も同じくらい驚いた。……この国ではガラクタ市でマジックバッグが売ってるのか?
「いや……それがちっとばかり訳ありな代物でな。『開かずのマジックバッグ』って評判だったらしい」
「『開かずのマジックバッグ』……」
「想像を絶する出品物ですのね……」
「待てネモ、それはつまり……開ける事のできないマジックバッグという事か?」
「まぁな。誰も買わずに長年店晒しにされてた、王都じゃ有名な代物だったらしいぞ」
ネモの説明には絶句するしか無いが……開ける事のできないマジックバッグというのは、もはや〝バッグ〟とは言えんのじゃないか?
「そんなものがあったなんて……」
「魔導学園に持ってくれば良かったんじゃ……」
「おれもそう思ったんだがな、フォース。何しろ中にどんなものが入ってるのか判らんのだ。万一何か危険物が入ってたら、持ち込んだ者が咎められる……そう思って腰が引けてたみたいだな」
「あぁ……そういう事……」
「言われてみれば無理もないかな」
なるほど……そういう事情なら、表に出て来ず平民の間で受け継がれてきたのも解るが……このジャンビヤはそのマジックバッグの収蔵品か? だとすると……
「それで……ネモさんがそのマジックバッグを開封なさったという事ですの?」
「おぅ。おっかなびっくり色々やってたら、偶然どうにか――な」
「「「「「へぇ……偶然どうにか?」」」」」
「おぅ。偶然どうにか――だ」
俺やアスラン様も含めて、全員が疑わしげな声を上げたが……ネモは飽くまで〝偶然どうにか〟で押し通すつもりらしい。
「で――話を戻すんだが、そのマジックバッグの中にこいつが入っていてな」
ネモが渡して寄越したので、鞘から抜いて確かめてみるが……良いものだ。拵えからすると俺の部族のものとは違うが、同胞のものには違い無い。恐らくだがどこかの氏族に伝えられてきた、由緒ある品だろうな。
――で? これがどうしたんだ?
「いやな。造りからして多分エルと同じ国のもんじゃないかと思ってな。だとしたら俺が持ってるより、エルが持ってる方が良いだろう」
「……俺に預けるという事か?」
「と言うか、エルの裁量で処分してくれていい。俺だと扱い方は勿論、値打ちとかも解らんからな」
孰れ故国に帰った時にでも、どういう来歴のものか調べてくれと言うんだが……
「だがネモ、俺も詳しいわけじゃないが、これはかなりの値打ち物だと思うぞ?」
「値打ち物かもしれんが、この国じゃその値打ちを正しく評価できんだろ? だったら、それはお前の国で正しく評価されるべきもので、そのためにはお前が持ち帰るのが一番だろうが」
それでも逡巡していた俺に、ネモは〝借りの一部くらい返させろ〟――と言って押し付けてきた。雪山での事を言ってるんだと思うが……そもそもネモが雪崩の警告を発してくれなかったら、全員纏めてお陀仏になってたのは俺たちの方だ。俺もアスラン様も、雪だの雪崩だのの事はまるで知らなかったんだからな。借りがあるのは寧ろ俺たちの方だと思うんだが……
判断に困ってアスラン様の方を見ると、微かに頷いていらしたので、俺は礼を言ってそのジャンビヤを引き取った。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




