第五十六章 開かれた扉~マジックバッグ開封作戦~ 1.事前の準備
~Side ネモ~
新学期が始まって最初の光の日、俺は予てからの懸案に手を着けた。何かと言えば、歳末の「掃き出し市」で買った「開かずのマジックバッグ」の事だ。中身を出すのも入れるのもできないって極め付きの不良品なもんで、買い手が付かず店晒しになってたって代物だが……
「……やっぱり魔力の流れが滞ってるな。それさえどうにかできりゃ、中身を取り出す事もできそうなんだが」
【眼力】で鑑定してみたところ、どうも詰め込み過ぎたあれこれが中で支えてんのが原因らしい。そのせいで魔力の流れまでおかしくなって、結果ウンともスンとも言わなくなっちまったみたいだ。……こんな不具合ってあるんだな。
とは言っても、中身を取り出す事はできないが、少しだけなら開く事はできるんだ。棒か何かで突いてやりゃ何とかなるんじゃないかと思ったんだが……
「……甘かったか。考えてみりゃそれくらい、他のやつらにだって思い付くよな」
保存効果のせいか何なのか、外力を受けない仕様になってるみたいだ。……無理にやったら暴発するかもしれん。……この手は却下だ。
俺が次に思い付いた手は、マジックバッグの中身を【収納】内に移す事だった。全部じゃなくて一部だけでも移す事ができたら、支えが取れて出し入れがスムーズになるんじゃないかと思ったんだが……
「……こいつも駄目か」
そもそもマジックバッグの中に、【収納】を開く事自体ができなかった。座標指定が上手くいかなかったんだよ。後で訊いたら、【収納】やマジックバッグに仕舞い込んだ物品を盗み取る、【ピックポケット】って特殊なスキルがあるらしいが……それが特殊なスキルって事はつまり、普通の方法ではマジックバッグ内にアクセスできないって事だ。この手も駄目と。
こういう時は初心に返る一手だ。下手な思い付きに固執するより、虚心坦懐にブツを観察・確認すべきだな。幸い俺には【眼力】って切り札があるんだし。
……うむ……改めて念入りに視て判ったんだが……これって単に中身がバッグ内で支えてるだけじゃないな。滞った魔力がそれに絡み付くようにして固縛してるわ。物理の前に魔力の方をどうにかしないと駄目だ。
魔力の澱みをどうにかする方法として、俺が直ぐに思い付いたのは、前に魔石騒動の原因となった、闘神様の加護と【魔力操作】だったんだが……
「……駄目か」
『うまくいかないねー マスター』
まぁ、本来は自分の魔力を操作したり、一歩踏み込んで周囲の遊離魔力を吸収するスキルとかだからな。マジックバッグの中にできた魔力の澱みをどうこうできるようなもんじゃないか。
そうすると次にできそうなのは、マジックバッグに付与された収納とか空間拡張とかの魔術式に干渉して、中身を少し掻き回してやる事なんだが……【眼力】オプションの【毒破壊】だと、壊呪が一気に進んでしまいそうな気がするんだよな。何しろ悪神様の謹製だし、俺も使い慣れていないしな。
もしもマジックバッグに付与された術式が一気に壊呪されると……中身が一気に放出される危険性がある。ほとんど爆発と変わらんな、こりゃ。
様子を見ながら少しずつ解呪してゆくとなると、やはりここは使い慣れた【生活魔法】の出番だろう。
「【眼力】で狙いを付けて、離れた位置から【浄化】をかけて術式を緩めて、固まってるのを【解錠】で解す……何とかなりそうだな。ヤバそうな気配がしたら即座に【収納】……いや……待てよ?」
仮にできたとしても、この遣り方だとマジックバッグが暴発した場合、【収納】内はグチャグチャになるんじゃないのか? ……却下だな。
そうすると……手持ちのカードだけじゃどうにもならん以上、新たなカードを召喚するしか無いわけだ。そう、久々にガチャ……【願力】スキルの出番って事だな。
欲しいのは万一の事態に備えた防御系の手段だ。それを念じて【願力】に任せると、当たったのは……
「今回は『闘神のお薦め』か、何々……?」
闘神様が薦めてきたのは、要するに結界なんだが、従来のものより展開速度を重視したタイプだった。それもただ速いというんじゃなくて、展開速度を事前に設定できるみたいだな。……うん、消費魔力を事前に設定して、それを速度と防御力にどう振り分けるのかを決められるのか。……良いねぇ、実に俺好みだ。
「難点は――事前に係数を設定しておかないと、適正な効果が得られない事か……」
面倒と言えば面倒だが、使い終わった後にデフォルトの数値に戻しときゃ大丈夫だろ。
さて――折角だから残り二つの候補についても見ておくか。ま、お約束だな。
「悪神のお薦め」は……ふぅん……魔力消費に着目して省力化を重視したタイプか。結界に触れたものや周辺のものから魔力を収奪できるんだな。〝独創的な発想により、効率的な魔力運用を可能にしました〟って……まぁ、悪神様らしいと言えばそうなんだが……確かにこれも使い勝手は良さそうだな。多分これ、相手の攻撃を吸収して、それを結界の強化に廻せるんじゃないか? ただ、問題は……
「……悪目立ちするよなぁ、これ」
下手すると結界の周りから、草が枯れ始めるなんて事になりかねない。……いや……悪神様のお薦めなら、多分きっとそうなるな。……いや、これも事前にその辺りを指定できるのか?
『マスター ヴィクもこれ できるよー』
……あぁそうか、周りにはヴィクの力だって説明すりゃいいのか。……て言うか、どっちかってぇとヴィクに使わせてみたい結界だよな、これ。……機会があったらお願いしてみるか。
……いやまぁ、俺も魔石で似たような事をやったんだし、そっちで誤魔化せない事も無いわけか。……さすが悪神様、人を騙す事にかけては年季が入ってるよなぁ……
さて、残る「最高神のお薦め」は……あぁ、こっちは平均的なタイプの結界……てか、三神様ともお薦めは結界なのか。……まぁ、俺の要求する性能を考えたら、結果的にそこに落ち着くんだろうな。
えぇと……最高神様のお薦めは……バランス良い平均的なタイプで、尖った特長と言えるものは無いが、鑑定されても不審でない……なるほど、これはこれで長い目で見たら、使い勝手は良さそうだな。
――よし!
準備万端整った事だし、早速開封に取りかかるか。
……まぁ、それでも万一の事を考えると、少し開けた、そしてできれば人目に付かない場所の方が良いな。『一人城壁』の称号効果で、防禦系スキルにプラス補正がかかるみたいだから、多分【結界】も強化されるだろうが……目立つのは如何ともしがたいしな。
……とすると、西門から出た先にある野外訓練場が手頃か。レクター侯爵が口を利いてくれたお蔭で、囲壁の外に出るのも前より簡単になってるしな。




