第七章 初めての武闘会 3.勧誘
~Side ネモ~
「……おぃバルトラン、俺はイズメイル道場の門人じゃねぇし、それ以前に俺は平民だぞ? 二重の意味で参加できるわけが無いだろうが」
鉄壁の根拠だと思っていたんだが、それは敢え無く潰された。……それも選りにも選って、味方の筈のお嬢から。
「あら? ネモさんは知りませんでしたの? 王立学園の生徒は、在学中は一応貴族に準じた扱いをされるんですのよ」
……何ですと?
「と言うか、王立学園の生徒なんだから、所属は一応国になるのだよ。将来有望な魔術師の卵を、横から掻っ攫われたりしないようにね」
脇からコンラートが補足説明をしてくれるんだが……知らんかったわ。ゲームの設定にもそんな事は書いてなかった気がするし……
しかし考えてみればこっちの世界はゲームではなくて現実だ。あまりゲームに囚われた思考は拙いかもしれん。
「ついでに言っておくとな、道場対抗戦で助っ人を頼むのは慣例化してる。傭兵的な意味じゃなくて、道場出身者で他家に仕官した者とかがいるからな」
「そう言えばそうだね」
「尤も、酷い時は出場者が悉く他流派の者だったなんて事もあったそうだけどな」
「それは……さすがに笑えないね」
……いや、笑うしか無いんじゃないのか?
「助っ人を欲しがる理由は解ったけどな、何でそれが俺なんだよ? 剣術なんてまるっきり知らんのだぞ?」
レオに肝心な事を問い質したら、
「いや、お前なら大抵の相手は一睨みだろ? 怖い顔で脅せば何とかなるだろうと思ってさ」
……この野郎……言うに事欠いて……
お望みどおり睨んでやろうかと思っていたら、事もあろうに何か考え込んでいたお嬢が裏切った。
「……悪くないかもしれませんわね」
「お嬢!?」
「お聞きなさいな、ネモさん。武闘会が王国主催なのはなぜか、考えた事がありまして?」
……いや……そういうもんだと思ってたから……
「武闘会という形で国内の強者を集める事で、他国に対する戦力誇示の意味合いもありますのよ。それもあって、五月というこの時期に開催されるのですわ」
「あぁ……雪融け後、動けるようになって早々というわけか。けどなお嬢、それとこれとどういう関係が……」
「もう暫く黙ってお聞きなさい。そういう意味合いも持つ武闘会ですから、仮にも王族が来臨する試合で、醜態を晒す事は好ましくありませんの。他国からの参観者も多い筈ですから」
相手道場の力量は褒められたものではないのだろうと訊いたお嬢に、レオはただ頷く事で答を返した。
「……戦力誇示というなら、策を弄して勝機を得る策士の存在も、誇示するに値するんじゃねぇのか?」
「策と言えるほどのものではありませんもの。こんなショボい小細工に後れを取ったとあっては、我が国の恥なだけですわ。王国貴族に連なる者として見過ごせません……ネモさんもここの学生の間は、仮にとは言え王国に属する身ですわよね?」
俺は貴族じゃないと逃げようとしたが、先廻りして釘を刺された。くそ。
「……七百歩譲ってそうだとしても、俺が出る理由にはならんだろう」
(「七百歩……」)
(「よっぽど譲りたくないんですね……」)
「他所から戦力を調達する暇がありませんわ。私たちの実家のように、特定の貴族家が直接肩入れするのは問題ですもの。けど、今の私たちは学園の所属という事になりますから、問題が無いのですわ」
「いや……だから、俺が出る理由には……」
「ネモさんなら【護身術】というスキルをお持ちだそうですし……それ以前に、大抵の相手は気迫で圧倒できますでしょう? 相手が誰だろうと、気後れするタイプには見えませんもの。何しろジュリアン殿下を〝オルラント〟呼ばわりした強者ですものね」
ギョッとした様子でレオとナイジェルが俺を見たが……いや、田舎者の俺が王族貴族の慣習なんて知るわけないだろ。
「……学園内では敬称や肩書きは不要だって言われたし、相手が苗字持ちの場合は、余程親しい場合を除いて苗字で呼び掛けろって言われたからな」
コンラートの事はマヴェルと呼ぶわけだし、アスランも一応は仮の家名に従ってリンドロームと呼ぶわけだから、ジュリアンの事はオルラントと呼ぶのかと思ってそう呼んだら……全員が凍り付いたんだよな。拙ったかと思ってジュリアンと呼んだら、更に一層ドン引きされた。
事情が解らずに首を傾げていたら、コンラートのやつに説明された。
第一に、「オルラント」はこの国の名前でもあり、それを名告れるのは国王ただ一人なんだと。王子だろうが王妃だろうが、オルラントを名告る事は無いらしい。ゲームの解説では単に「ジュリアン・デュ・オルラント」と記してあって、そんな設定は出てこなかったんだが……
第二に、学園の建前はどうあれ、仮にも王子を呼び捨てにしようという者はいなかったそうだ。皆は普通に「殿下」と呼んでいる。他に「殿下」がいた場合はどうするのかと訊いたら妙な顔をされた。あぁ、同級のアスランが王子だって事は、俺は知らん事になってるんだっけ。なので、王宮とかだと他にも王子様がいるんだろう、「王子」だけじゃ誰の事か判らないんじゃないかと言ってやったら――
〝そういう場合は、「第四王子」とお呼びするんだ〟
〝あ? 「フォース」って、四代目とか四世とかって意味じゃなかったか?〟
〝そういう使い方も確かにするが、第四王子を指す事も多いんだ〟
〝兄弟姉妹が多いと面倒なんだな。あれか、やっぱり、万一の事があった場合の予備ってやつか?〟
〝……まぁ、そうだけどね〟
〝どっかの国の王様が四十人だか五十人だかの子供をこさえて、処分に困って部下に押し付けたとか聞いたぞ? フォースのところは大丈夫なのか?〟
〝処分……〟
〝多分……養子とか臣籍降嫁とかの事をおっしゃっているんでしょうけど……ネモさんはもう少し言い方というものを憶えた方がよろしくてよ〟
――というような経緯をお嬢が説明して、レオとナイジェルをドン引きさせていた。
……お嬢、面白がってやってるだろ?