第五十五章 お子様と私 1.困惑(パズルメント)
~Side ネモ~
「ネモ君、ちょっといいですか?」
学園の始業式を終えて教室に引き取った俺は、そこでアグネスの急襲を受けた。背後にブリザードの幻が見えるような笑顔の。……一体全体何だってんだ。
「何だじゃありません! 教会はネモ君の替え歌で大変なんです!」
あー……新年祭の時、ガキどもが上機嫌で歌ってたからなぁ……薄々と察しは付いてたんだが……
「言わせてもらうけどな? 俺は精一杯抵抗したんだぞ? それを無理強いしたのはそっちだろうが」
「そ……それはそうなんですけど……」
孤児院を訪問した時、面白半分に嗾けたのはアグネスだし、尻馬に乗ったのはコンラートだった。……おぃコンラート、今更顔を背けても、俺は忘れちゃいないからな。
「……至らない部分があったのは反省してますし、今更ネモ君に怨み言を述べるつもりはありません」
……今、怨み辛み満々って顔してなかったか?
「(コホン)……それはともかく、早急に建設的な打開策を講じるべきだと思うんです」
「打開策? ……おぃマヴェル、しれっと逃げようとすんじゃねぇ」
……ったく……こんな騒ぎを引き起こした責任の一端は、事情も知らずに煽ったお前にもあるんだからな。きっちり落とし前を付けてもらうぜ。
「い、いや……逃げるなどと、そんなつもりは……アグネス嬢、打開策というのは?」
「あ、はい。考えたのですが……」
「その前に――場所を変えないかい?」
・・・・・・・・
教室で他の生徒が聴き耳を立ててたんだが、「不祥事」の件を知る者は少ないほど好いというアスラン――自分は交ざる気満々だな――の提案で、談話室の一つを借りる事になった。エリックなんかは乗ってきそうな気もしたが……ま、あんまり聞こえの良い話じゃないのは確かだからな。……俺が「不祥事」の元凶視されてるのは納得いかんが。
「問題なのは――尊かるべき賛美歌の歌詞が、下品な替え歌で上書きされている事だと思うんです」
〝下品〟のところで俺をチラ見したのが気に入らんが……まぁ、アグネスの言っている事は理解できる。今じゃ孤児院のチビッ子ども、あのメロディーを耳にすると、条件反射で淡々狸の歌が出て来るそうだからな。賛美歌とやらはどこへ行ったんだよ。
「それで……新たに他の歌詞で上書きできれば――と、考えたんですけど……」
「それはまた……」
「……奇抜な事をお考えですのね……」
「〝毒を以て毒を制す〟――というやつか?」
「いや……『毒』であっては拙いんじゃないかい?」
うむ……アスランから容赦の無い突っ込みが入ったが……確かにそれはそのとおりだな。ただし問題は……
「俺は他のバージョンの替え歌なんか知らんぞ?」
お前らはどうなんだ――と見回してみると……少し考えた後で全員が首を横に振った。
「歌詞違いのものは存じてますけど……大同小異ですわね」
「僕も同じだね」
「不肖、自分もです」
「それ以前に……そもそも、ネモのあの替え歌を駆逐するような、そんな強烈な替え歌が存在し得るのか……ですか?」
「「「「…………」」」」
エルの身も蓋も無い指摘に、アグネス以下の全員が黙り込んだ。
いや……探せば無くもないだろうが……アグネスが期待しているような、そんな格調高いやつは難しいと思うぞ。それに第一子どもってのは、格調高い歌よりは下品な歌の方が好きなもんだ。
「一概にそうと決め付けるのはどうかと思うけど……でも、難しいというのには同意できるかな」
ジュリアンだけでなく、他の皆もエルの指摘を受け容れた事で、アグネスの第一案は廃案になり……代案を提案したのはエルだった。
「問題は、賛美歌とやらがネモの戯れ歌に上書きされて、賛美歌を歌わせようとすると替え歌が出て来る事なんだろう? だったらいっそ、あの戯れ歌以上に強烈な替え歌で、なおかつ賛美歌のメロディーと被らないやつを教えてやれば……そっちに気が取られて、替え歌の方は疎かになったりしないか?」
「おぉ……なるほどな」
要は次善の策として、他に子供が好きそうな歌を流行らせて、淡々狸の頻度を稀釈するという事だよな? さすがエルだ。問題解決の方針ってやつを解ってる。
(「いや……〝問題解決の方針〟って……?」)
(「問題を拡大しているだけでは……?」)
(「……この先の展開が不吉なものとなりそうな、嫌な予感がしますわね……」)
(「これは……正真正銘、〝毒を以て毒を制す〟――という事になるのかな」)
(「その実態は、〝毒を以て毒を制す〟――という事になりそうだけど……」)
しかし……淡々狸以上にガキどもにアピールする歌となると……一人娘とか、よかチ○音頭とか……猥歌になると思うんだが……




