幕 間 オルラント王城
~No-Side~
その日オルラント王城の小会議室では、ジュリアン王子からの急報を受けて、国王をはじめとする王国首脳部による臨時の――と言うか、緊急の秘密会議が開かれていた。議題はネモ……正確にはジュリアン王子の視察に同行したネモの〝活躍〟についてである。
「事態があまりにも派手過ぎたため、村人たちの口を塞ぐのは難しいかと」
「……箝口令という意味でしょうな? 抹殺ではなく?」
「無論です」
「まぁ……短時間とは言え、雪崩を停めてみせたのだからな。目立つのは避けられぬかと」
「目撃者もそれなりにおるわけでして」
「まぁ、遠目からでも事の次第は見えだたろうからな」
彼らが気にしているのはネモの活躍振りよりも、それがネモの【生活魔法】によって為されたという事実。もっと明け透けに言えば、その事実の秘匿についてである。
お手軽で慎ましやかな……慎ましやかだった筈の【生活魔法】が、やれディオニクスを瞬時に焼き殺すわ、雪崩を押し留めるわとなれば、その戦略的価値は計り知れない。そのアドバンテージを守らんがためにも、この情報の秘匿と統制は不可欠である。なのに……ここへきてネモが盛大にやらかしてくれたのだ。それも、どこからも咎められる筋合いの無い状況で。……首脳部が頭を抱えるわけである。
尤も――
「……アレが【生活魔法】の【施錠】であると見破れる者は、そうおらんと思いますが」
「常識的な【施錠】の範囲を、ド派手に、盛大に、異常なまでに、それも斜め上に逸脱しておりますからな」
「うむ。少し前に魔導学園からも上申があった。ネモの【施錠】については、何か他の魔法に偽装する方が実際的ではないかと」
――昨年の二学期、創立祭でネモがやらかした掏摸狩りを受けて、魔導学園で緊急の職員会議が開かれた時の事である。ちなみに、この提案をしたのは他ならぬネモ当人であったのだが、これも他ならぬネモの意向により、その事は秘匿されている。
「なるほど……」
「確かにそれが現実的でしょうな」
「うむ――一般的な意味での〝現実〟に即しておるのは間違い無い」
――という事で秘匿の基本方針が決まる。続いての問題は、
「ネモの活躍それ自体は、隠し果せるものでない――という事でしょうな」
殊勲者とは言え正確に言えば、ネモが直接王子の身柄を救ったわけではない。民間人救出のために危地に突入したのは騎士団員であり、ネモは彼らを救うために【施錠】の魔法を使っただけだ。
が、ジュリアンたちは(比較的安全な)後方にいたとは言え、〝王子一行〟が危険な目に遭いかけたのをネモが防いだというのも、そのためにネモ自身が危険な目に陥ったというのも、これは紛れも無い事実である。これでネモに何の褒賞も無かったでは、王国として鼎の軽重を問われかねない。
「褒美を与えるに吝かではないが……それでネモに注目が集まるのは……」
事態を秘匿しておきたい王家の思惑的に好ましくないし、何よりネモが嫌がるだろう。
「小細工の誹りを受けそうですが……ネモに対する褒賞は国からではなく、魔導学園内で行なうというのは無理ですかな?」
「学園内で?」
――なるほど。ジュリアンをはじめとするエリート組も、ネモと同じく魔導学園の生徒には違い無い。〝生徒の危機をクラスメートが救った〟と考えれば、学園内で褒賞を出す事それ自体に矛盾は無い。
「……問題があるとすれば、当時の殿下のお立場でしょうな。〝王家の一員〟として、雪害対策の視察に行かれたという事になっておりますから……」
「……いや。些か強引かもしれぬが、〝魔導学園の生徒〟として、雪害対策の手伝いに赴いていたとすれば……幸い、他の〝生徒〟たちも同行しているからな」
「確かに……ものは言いようですな」
――とまぁ斯様な成り行きで、ネモに対する褒賞は学園内で行なう事になる。褒賞自体はそれなりに張り込んだものとなるだろうが……
「褒賞と言えば……確かアレは、冒険者ギルドとの共同依頼だったのでは?」
「いや……共同依頼ではないが、ネモを冒険者として徴用したのは……事実だったな」
「これは……ギルドにも話を通しておく必要がありますか」
「ま、ネモの身柄を守るためだと言えば、首を縦に振るであろうよ」
「あまり目立つと碌な事になりませんからな」
「こういう小細工も必要となってくるわけで」
「小細工と言うなら今一つ。こちらは更に気が進まぬのですが……ネモが過度に目立つのを避けるため、レンフォール嬢の活躍を、少しばかり前に押し出してやるのは……?」
「うむ……」
「ドルシラ・レンフォール嬢か……」
「確かに、間一髪のところで雪を融かして脱出路を啓開したとか」
「これも殊勲には違いありませんしな」
これに関しては、レンフォール公爵家とも折衝が必要だろう。
「とは言え……機を逸した者たちから不満が漏れそうですな」
「いつもの事とは言え、うんざりするな」
「しかしまぁ、今回は已むを得ぬ成り行きでしょう」
「それで納得してくれればよいのじゃがの」
・・・・・・・・
ここまで誰も口には出していないが、この場の全員が内心で思っている事があった。言うまでも無く、一躍VIPとなったネモの囲い込みである。
ただ……これが口で言うほど簡単でないのもまた事実であった。話を難しくしているのは、ネモの事を秘匿するという大前提の存在である。
仮にどこかが……例えば王家がネモを囲い込むとなると、故郷にいる彼の家族を保護する事も必須になる。しかし――その理由が明かせないのだ。
なら、家族の保護とは無関係に騎士団辺りを派遣して、湖水地方の警備を増強するのはどうか。一応あそこは王家の直轄領だし、騎士団を派遣する名目はある……と思えそうだが、生憎と警備を派遣する理由が無い。
三馬鹿が魔石を散撒いて、大水蛇を増やすというバイオテロ擬きに走ったのは事実だが……如何せんその大水蛇は、ネモの協力を得た地元水産ギルドが、騒ぎになる前に退治してしまった。他に異変が無い以上、騎士団派遣の理由に欠ける。
三馬鹿がやらかした事を明らかにすると、必然的に謀叛(笑)の計画まで公になり、王国としても痛し痒しになる。
無理に理由をこじつけて派遣したとしても……湖水地方の隣はレンフォール公爵領。王家はレンフォール公爵に含むところがあるのでは――などと邪推されては一大事である。
では、騎士団と並ぶ今一つの戦力、冒険者ならどうか?
これも生憎な事に、湖水地方には冒険者ギルドは無く、あるのは水産ギルドである。そしてその水産ギルドの本部は、領都ウォルトレーンにあって王都オルソミアには無い。ゆえに話を通すのが面倒臭くなる。のみならず、冒険者の中には口の軽い者も少なくない。王家が王家直轄領の警備を冒険者に依頼した――などという話が広まっては、裏目どころの話ではない。
――とまぁこういった事情から、どこも手を出しかねているのが現状であった。
それに――ネモを婚姻政策で取り込む事には、どうにも看過できない危険があった。
……ネモを婿に迎えるとなると、必然的に自分たちもヘビ肉を食べる羽目になるのではないか?
……抑止力としては充分過ぎるほどの懸念であろう。




