第五十四章 雪山惨禍 9.雪崩vs【施錠(ロック)】
~Side ネモ~
家に居座っている爺婆を問答無用で拉致って来るよう騎士さんたちに頼んで、斜面の様子を注視していたんだが……拙い! 雪と地面の境が緩んで、今にも雪崩出しそうだ!
急げと叫び出したいところなんだが、それが雪崩を誘発したらと思うと、おちおち叫ぶ事もできない。音は雪崩の原因にはならないとか読んだ憶えもあるが、それを我が身で確認しようとは思わんし、第一ここは地球じゃないんだ。大きな声に魔力が乗ってて、それが雪崩の原因を引き起こす――なんて事だって無いとは言えん。余計な藪は突かないに限るってもんだ。
藻掻く爺婆を引っ担いで出て来た騎士さんたちを、身振りだけで急かして脱出するが……くそ! 脱出路が狭くてスピードが出せねぇ! 俺が先頭になって雪を蹴散らして道を作り、迎える側のフォースたちも雪を掻いて道を広げてくれているが……間に合うか!? いや!!
「お嬢! 雪を融かせ! 道を開けるんだ!!」
もう火魔法の熱がどうとか、魔力がこうとか言ってられる状況じゃねぇ!
『マスター やまがうごいてるー』
――くそっ! 雪崩が始まったのか!?
動きが目で追えるってんなら、表層雪崩じゃなくて全層雪崩だろう。不幸中の幸いってやつだが、不幸な事には変わり無ぇじゃねぇか。全層雪崩だって時速四十キロから八十キロ、自動車並みのスピードで襲いかかって来るんだぞ。
お嬢が放った火魔法で、どうにか脱出路が広がった。爺婆背負った騎士さんたちを先に行かせるが……くそ! 間に合わん! こうなりゃ肚を括ってやるしか無ぇ! 上手くいったらお慰み、だ!!
「――【施錠】!」
破れかぶれに放った【施錠】が――自分でも驚いた事に――上手く決まって、間近に迫って来ていた雪崩をどうにか押し止める事ができた。が……そのためにどんどん魔力が吸い取られていく。
なのに……あ・の・馬鹿ども! 何、ホケーッと突っ立っていやがんだ!!
「ボーッとしてんじゃねぇ! 俺の【施錠】じゃそんなには保たん!!」
残りの力を振り絞ってそう怒鳴ると、慌てたように動き出したが……くそ……やつらが安全地帯に着くまで……魔力が持たん……ん? 何か……魔力が……?
『マスターは ヴィクが まもるよー!』
流れ込んで来てんのって……ヴィクの魔力か……?
止めろ……ヴィク……そんな事をしたら……お前が……
『マスター がんばってー!』
くそ……駄目だ……もう……保たねぇ……
崩れ落ちそうになったのを、誰かが後ろに引っ張ってくれたような感じがして――俺はそのまま気を失った。
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~Side アスラン~
――僕らはただ呆然と立ち尽くしていた。
木々を薙ぎ倒し、小屋を一呑みにして襲いかかって来た雪崩を、ネモ君が【施錠】で食い止めるのを、ただ呆然と見つめていた。
「ボーッとしてんじゃねぇ! 俺の【施錠】じゃそんなには保たん!!」
そんな僕らを叱咤するようなネモ君の声。
我に返ったように慌てて駆け出す騎士たち。
彼らが安全地帯に辿り着くのと入れ替わりに飛び出して行ったエル。
ネモ君が気を失うと同時に動き出した雪崩。
そして――エルに引き摺られるようにして安全地帯に転げ込んで来たネモ君とヴィク君。
凍り付いたように立ち尽くして見ているだけの僕らの前で雪崩は斜面を下り……僕らの目の前で停まった。




