第五十四章 雪山惨禍 8.危険な斜面
サスペンスドラマの開幕です。
~Side アスラン~
雪に埋もれた村で雪掻きに励んでいたら、村人たちの様子が落ち着かなくなった。素知らぬふりをして聴き耳を立てていると、どうやら積雪で連絡が取れなくなった家があるらしい。
それだけならそう狼狽える事も無いんだけど、今回は少し状況が悪かった。
「住んでいるのは年寄り二人だけなんですね?」
「んでがす。それに、爺様の方はちっと膝を痛めてやして……」
「あっこもなぁ……後ろの斜面がちっと気になるで……」
「んだなぁ。滅多な事じゃ雪崩たりはしねけんど、今年はちっと雪が多いで」
「ちっと前に雨も降ったでなぁ……」
僕らには能く解らなかったけど、雨のせいで雪が緩んでいる可能性があって、そうすると斜面に積もった雪が崩れ落ちてくる危険があるんだそうだ。ネモ君は「雪崩」って言ってたけど。
ピンと来ていない僕ら――特に僕とエル――のために、ネモ君が解り易く説明してくれたところでは、〝雪を主体とした山崩れ〟みたいなものらしい。……確かに、それはちょっと拙いかもしれない。僕らにも漸く事態の深刻さが呑み込めた。
ジュリアン殿下は直ぐに救助に赴く事を決断された。……まぁ、為政者の立場としては、間違っているとも言いがたい。……後ろでネモ君がこっそり拳を握ってマヴェル君に目配せしているのは……力尽くで黙らせて連れ帰るという選択肢を提示しているんだろうか。けど、マヴェル君は黙って首を振った。不本意ではあるけど、ジュリアン殿下の判断を是とするという事なんだろう。
「……仕方無ぇ。ここはフォースの決断を容れるが、現場では全て俺の指示に従え。文句は言わせんからな、素人ども」
・・・・・・・・
ネモ君の言う〝現場〟――件の小屋のある場所は小高い丘の下で、疎らな樹林を挟んで、少し急かなと思える程度の斜面が後ろに迫っている。
斜面の上方では雪面の所々に罅割れのようなものが見えている。また、斜面の下端には雪の塊が幾つか転げ落ちている。
そして――それらを見たネモ君の表情が厳しくなった。
ネモ君は徐に腕を伸ばすと拳を握り、握った拳を通して斜面を眺めて……いや、何かを目測しているみたいだった。
……エルに教わった事がある。腕を伸ばした時に見える指や拳の幅と比較する事で、目標物までの距離や大きさ、見通し角度などを推測する事ができると。ネモ君がやってるのもそれと同じように見える。
「……よし。フォースたちは何があってもここから先に行くんじゃねぇぞ。とりあえず、俺と騎士さんたちとで雪を掻いて道を作る」
********
~Side ネモ~
話を聞いた時から嫌な予感がしてたんだが……案の定ってやつだ。斜面の上の方にゃ雪割れができてるし、斜面の下端にはスノーボールが転がってやがる。念のため【眼力】で確認しても、滲み込んだ雨水のせいで滑り面が不安定化してやがる。……雪崩の発生、待った無しじゃねぇか。表層雪崩じゃなさそうなのが、救いと言えば救いか。
確か雪崩の到達範囲は全層雪崩の方が大きくて、見通し角二十四度くらいまでだった筈だ。縦にした拳の幅で見通し角を確認してみると……この辺りが到達範囲の限界っぽいな。
……しゃあねぇ、肚を括るか。
「フォースたちは何があってもここから先に行くんじゃねぇぞ。とりあえず、俺と騎士さんたちとで雪を掻いて道を作る」
とりあえず小屋までの道を啓開して、家の中への突入は騎士さんたちにやってもらおう。俺は斜面の状態を見張って、雪崩の発生を警戒しなくちゃならんからな。
「エル、万一の事があったら、俺が数秒間だけ時間を稼ぐ。……もし余裕があったら、お嬢やフォースたちの事を頼む」
そう頼むと……エルのやつは黙って頷いた。
【参考資料】
国土交通省砂防部保全課(平成18年)「雪崩についての解説」
全国地すべりがけ崩れ対策協議会(平成22年)「雪崩対応安全ガイドブック」 28pp.
かのよしのり(2018)「歩兵の戦う技術」 SBクリエイティブ 190pp.




