第七章 初めての武闘会 2.背景
~Side ネモ~
ここオルラント王国の王都オルソミアでは、毎年五月祭の直前に、王家主催の大武闘会が開かれる。身分を問わず参加できるとあって、貴族・兵士・冒険者などの腕自慢が集まって技倆を競う。
予選や本戦で賑わう中に、毎年幾つかのエキシヴィジョンマッチが催される事になっている。その一つが王都にある武術道場の対抗戦だが、ここ十年ほどは同じ町道場が優勝している。そしてその道場が、レオが師事しているイズメイルとかいう先生の道場なんだとよ。
不動の二位にいる道場は貴族や騎士たちが門人だが、イズメイル道場は平民や冒険者たちにも等しく門戸を開いているとかで、二位の道場にとっては何かと目障りらしい。そりゃ、お貴族様が平民に負けてちゃ格好が付かんわな。
――で、問題なのは、
「今年に限って戦力が足りないというわけか」
「そういう事だ」
放課後の教室で俺の質問に答えたのはレオ。俺の後ろにはAクラスの主役組が控えていて、なぜかおれが代表で話を聞く形になっている。
レオの言うところでは、去年の秋に先生の上の二人の息子さんが廻国修行に出たのが事の始まり。次いでなぜか今年に限って王族の参観があるという事で、平民は出場を見合わせるようにとのお達しがあったそうだ。名のある冒険者とかはギルド推薦という事で出場できるらしいけどな。
「町道場の対抗試合なんだろう? 平民の出場禁止なんて無茶な話が通るのか?」
「王族のご来臨があるとかで、無様な試合があってはならんとのお達しでな」
「無様ってのはアレか? 民を護るべき筈の騎士たちが、その民にコロコロ負けるって事か?」
単刀直入に訊いてやったら、レオのやつは苦笑いしていた。
「普通は王族のご来臨なんて事は無い。いっちゃ悪いが、所詮は町道場の小競り合いなんだからな」
「負け続けの二番手が画策でもしたか……。ひょっとして、イズメイル道場の師範代や高弟というのは、皆平民なのか?」
ジュリアンの従者のコンラート・マヴェル――明るい青灰色の髪をした優等生って感じのキャラだ。眼鏡をしてないのが惜しいな――が割り込むようにそう訊くと、レオは感心したように片眉を上げてみせた。
「察しが良いな。後半についてはそのとおりだ。それでも、先生の体調が万全なら問題は無かったんだ」
「……イズメイル師範に刺客でも?」
気遣わしげに問いかけたジュリアンの言葉は、しかしレオによってあっさり否定された。
――イズメイル先生、ぎっくり腰をやらかしたんだと。
さすがに刺客だの魔術だのの関与は無いそうだ。まぁ、達人に気付かれないようぎっくり腰の魔術――そんな魔術があるのかは知らんが――をかけるって相当の腕だと思うし、そこまでの腕利きならもう少し効果的な方法を使うだろう。何より、ゲームでも単に腰を痛めたとしか説明されていなかった。何かの陰謀だとしたら、この後に続く犯人捜しのクエストで言及されてた筈だからな。
そう、本来なら――レオが度々襲われる事に危機感を持った主役組が探偵の真似をして真相を見抜き、ギリギリでイズメイル道場チームに参加する――という流れになる筈だったんだよ。……なのにあの根性無しの刺客野郎、即日ベラベラと背後関係を垂れ流しやがって……どうすんだよ、これ。こんな展開ゲームにゃ無かったぞ。面倒な事になりそうだから、関わり合わん方が良いか。
「昨夜はその見舞いに行った帰りだったんだ」
「……武闘会は来週だよね。イズメイル師範、試合には……?」
アスランが気遣わしげに訊ねるが、無理はさせない方が良いだろう。年寄りのぎっくり腰が長引くと厄介だぞ。
「先生は出るとおっしゃってるが、無理はさせたくない」
「解るけど、道場主もそのご子息も出ないってのは拙いんじゃないか?」
「いや、まだ末のお子さんがおいでだ」
「力量の方は?」
「俺たちより年下、そう言えば解るか?」
「……理解した」
そーなんだよなー。末っ子はまだ八歳になったばかり、俺の弟と同い年なんだよ。ちなみに、ゲームでは末っ子の性別は選択が可能で、腐なユーザーたちから熱い支持を受けていた。さすがに八歳児は攻略対象からは外されていたんだが、目の保養になるスチルが得られるとあって意気込む連中が多かったらしい……前世の妹もその一人だったよ。……更生できてりゃ良いんだが……
「バルトラン君を襲った刺客は依頼者の事を吐いたんだろう? その証言から追及はできないのか?」
おぉ……アスランの台詞、ゲームと同じだ。……ゲームでは数日後に刺客を捕らえた時に出てくる台詞で、その時には試合が間近に迫ってるという設定だったんだが……今の時点ではどうなるんだ?
「難しいかと。おそらく依頼者側は、犯人の出任せだと白を切るでしょう。水掛け論にしかならないかと」
こちらもゲームとそっくり同じ否定的な答えを返したのはコンラートだが、ここでジュリアンが割って入る。
「しかしコンラート、刺客の身柄は確保されているんだろう?」
「犯人の背後には間違い無く貴族が、事によると騎士団の関係者もいる筈です。何らかの圧力がかけられて身柄を取り上げられる可能性もあります。……警衛の方へ一言入れておきましょう。〝イズメイル道場のレオ・バルトラン〟ではなく、〝魔導学園のレオ・バルトラン〟を狙った可能性があると言えば、背後にいる者たちも手を出せないでしょう」
「なるほど……王立学園への襲撃だと言えば、下手に犯人の身柄を取り上げる事はできない。干渉が疑われては命取りだからね」
「学園の生徒ではなくイズメイル師範の弟子として襲われたのだと言えば、今度は二番手の道場に関わる自分たちが疑われる……さすがは次代の宰相候補と評判の高いマヴェル君だ」
ジュリアンとアスランが揃って感心しているが、これには俺も感心した。こんなエピソード、ゲームには出てこなかったしな。コンラートは黙って一礼しただけだ。
で、俺たちが感心しているところで、今まで黙って話を聞いていたドルシラのお嬢が言葉を挟んだ。
「そこまでの事情は解りましたけど、そちらにいる方はどう関係していますの?」
――レオの後ろにはD組のナイジェルが控えていた。黒髪に浅黒い肌だが、エルと違って髪は短めの直毛。ただし寝癖が酷くて整っている事はほとんど無い……ってキャラ説明にあったが……今日も酷い爆発ぶりだな。生徒指導部から何か言われるんじゃないのか?
「あぁ、こいつは俺と同門なんだよ……お互い初めて知ったんだけどな」
普通に聞いたら首を傾げそうな説明だが、主役組はそれだけで察しが付いたらしい。さすがにお貴族様方は違うわ。
タネを明かせば何という事は無い。レオはこれでも一応上級貴族の子弟なんで、平民に混じって町道場に通うわけにもいかず、師範の方が屋敷に出向して稽古を付けていたというだけだ。そりゃ、他の門人たちと顔を合わせる機会は無いわ。師範の都合が付かない時には師範代が出向く事もあったようで、師範代や高弟とはそれを通じて相見知ったらしいが、一介の門人に過ぎないナイジェルの事までは判らんわな。見舞いに行った先で出会って、互いに初めて知ったらしい。
「……そういう事でしたの。けど、それが私たちにどう関係してきますの?」
「正確に言えば、俺が頼みたいのはネモなんだ。満更この件と無関係ってわけでもないしな」
「俺は道場対抗戦とは無関係……」
「ネモさんに何をさせるつもりですの? お話によっては、クラスメイトとしてお断りさせて戴きますわ」
俺の言葉尻を奪うように割り込んできたが――ナイスアシストだ、お嬢!
「そう言われると頼みにくいんだが……対抗戦に出場してほしい」
ほら、案の定、碌でもない事を言い出しやがった。