第五十四章 雪山惨禍 4.異世界冬靴事情
~Side ネモ~
一夜明けてサクシルの町に出てみたんだが……王都よりずっと雪深いな。風も寒さも王都より厳しいようだし、用意してきた服に着替えるか。
インヴァネスと鹿撃ち帽を脱いで、フード付きのアノラックに着替え、足回りも雪山用に整える……と言っても、脛の部分に覆いを付けただけだ。歩いていてズレたしりないように、靴の土踏まずにベルトを通して固定するようになっている。暫定的に「脛覆い」と呼んでいるが、これもお察しのとおり、前世の知識からでっち上げたもんだ。
故郷にいた頃、冬に靴の中に雪が入るのに閉口して、対策を考えたのが切っ掛けだった。ブーツなんて贅沢品は手に入らないし、況してやゴム長なんてもんは望みようが無い。
何か無いかと知恵と記憶を絞った挙げ句に思い出したのが、紳士用のスパッツってやつの事だった。
「スパッツ」って言っても婦人用のタイツの事じゃない。元々は、磨き上げた靴を土埃や泥の撥ねから守るため、或いは靴の中に雪などが入るのを防ぐために、靴の甲から足首までを覆ったカバーの事だ。
それの上部を延長して、脛まで覆うようにしたものは、「レギンス」とか言うそうだが……こっちも「婦人用のスパッツ」と混同されてたみたいで、ややこしい事になっていた。……前世でわけが解らなくなって、調べた事があったんだよ。ちなみに、脛当てという意味での「レギンス」の和訳は「脚絆」になるらしい。
足首や足の甲が傷付くのを防いだり、ズボンの裾が何かに絡まる危険を減らす以外にも、下肢を締めつけて鬱血を防ぎ、長時間の歩行時に脚の疲労を軽減する効果もあるらしい。昔の兵隊さんが脚に巻いてた「ゲートル」ってのと同じだな。あぁ、ややこしい。
試作してみて具合が好かったんで、家族にも勧めてみたんだが……地獄耳のゼハン祖父ちゃんが例によって聞き付けて、祖父ちゃんの商会から売り出す事になったけどな。
「また……変わったものを着けてるな。ブーツの代わりか?」
「おぅ。こちとらブーツなんて贅沢品にゃ手が出ねぇからな。慎ましい庶民の知恵ってやつだ」
「ネモは蛇素材で潤っているだろうが……敢えてブーツを選ばなかった理由があるのか?」
「前から持ってたって事の他に、脱ぎ着が楽だって事があるな。ブーツと較べて――だが」
「ふむ……長靴と短靴を履き替えるよりは手早いし、保管にも場所を取らないか……」
コンラートも興味を引かれたようだな。一つ祖父ちゃん孝行をしておくか。
「……これもご祖父の商会で取り扱っているのか?」
「何でも取り扱っているんだね……」
「王都では手に入りませんの?」
「注文して取り寄せになるだろうが……まだ量産には入ってない筈だぞ?」
「ネモ君、見本は手に入らないかな?」
「見本?」
「うん。ひょっとすると父上や兄上が興味を持つかもしれないし。そうすると、騎士団の方にも話が行くかもしれないし」
マジかよ……こりゃ、レクター侯爵にも、一言話を通しておいた方が良いか? いや……一つだけ注意しておくか。
「言っとくけどなフォース、こいつは便利は便利だが、ブーツほどの防水性は期待できんからな?」
ま、俺のはゼハン祖父ちゃんの厚意で、防水の付与が施してあるんだが。
「あ……そうなんだ」
「おぅ。それと……見映えって点でもブーツにゃ一段劣るからな?」
ピカピカに磨き上げたブーツってのは、庶民の憧れの的なんだぞ? あまりイメージを損なうような真似はしてくれるなよ?




