第五十四章 雪山惨禍 3.異世界防寒着事情(その2)
~Side ネモ~
雪深い場所へ行かなくちゃならんというんで、いつもより念入りな寒さ対策をしていく事にした。待ち合わせは学園の門の前だから、そこまでは通常の防寒着でいいだろう。王国とギルドの指名依頼って事で、ギルドの制服を着て行くように言われたんで、その上にいつものインヴァネス擬きを羽織る。マントとは言えケープ付きだから、学園指定のマントよりは暖かいしな。
ここより寒い場所に行くわけだから、念のために帽子も被って行く事にする。ヴィクは懐に移動させる。寒い思いをさせるわけにはいかんからな。
俺の警戒役を自認してるヴィクは難色を示していたが、そこは言い聞かせて納得させた。警戒だけなら俺の懐からでも充分な筈だ。何たってヴィクは「できる子」だからな。
で、その帽子だが……前世で云う鹿撃ち帽ってやつだ。上に持ち上げてリボンで縛ってある部分を下げると、耳当てになるから冬向きだ。……インヴァネスと合わせると、ちょっとしたシャーロック・ホームズだな。
前世の記憶が戻って気付いたんだが、こっちの世界の庶民って、あんまり帽子を被らないんだよな。精々が三角頭巾や、頬っ被りに毛の生えた程度のものばかりで。
で、湖水地方の冬は寒さも風も厳しいんで、魔獣の毛皮でロシア帽のようなものを作ったんだ。暖かいってんで家族全員に、そこからご近所にまで広まったんだが……それを見てゼハン祖父ちゃんが、もう少し手軽な素材でスタイリッシュなものは無いかと言ってきた。
なので、毛織の布を材料にした鳥撃ち帽や鹿撃ち帽を提案したら、早速試作品を作っていた。こいつはその試作品の一つってわけなんだが……ジュリアンやアスランまで興味を示してるな。ここは一つ、祖父ちゃんの商会を宣伝しておくか。
ジュリアンの方でも防寒着を用意してくれてたみたいだが、俺は自前のやつを用意してきた。……いや、自前と言っても、ゼハン祖父ちゃんが用意してくれたやつなんだが。
俺が仕留めた熊の毛皮を、祖父ちゃんが買い取ってくれてたんだが……それをフード付きのアノラック風――これは俺の入れ知恵な――に仕立ててくれてたらしい。肉親ってのは熟ありがたいもんだぜ。
時間になって愈々出発って事になったんだが……馬車で行くってのは予想外だった。
雪深い場所だと聞いてたから、馬車で行くのは無理だろう、ワイバーンでも飛ばすのかと思ってたんだが……既に先発隊が出発してて、必要な物資なども運ぶ必要があるんで、馬車以外の選択肢は無いらしい。魔法が使える者を数揃えて、そいつらがしゃかりきに路面状況を改善するんだと。
雪害対策に力を入れているなと感心していたら、コンラートのやつがこっそり耳打ちしてくれた。今回は王族が責任者という事で、特に力が入っているんだと。普通はここまでの事はせず、物資を背負った数名が向かう程度、場所によっては橇を使う事もあるそうだ。……寧ろ橇の方を見てみたかったぜ。
馬車に揺られている間に、人員の分担について言い渡しておいた。仲間外れにするつもりかとエリックのやつが騒ぎ立てたので、〝俺に命令されるか、気心の知れたやつの指示に従うか、好きな方を選べ〟――と言ってやったら納得していた。レスリーは寧ろほっとした様子だったな。
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で――馬車に揺られる事半日ほど、サクシルって宿場町に辿り着いた。ここはそこそこ大きな町で、雪害で慌ててる様子なんか欠片も見えなかった。内心で首を傾げていたんだが……ここは現場じゃなくて対策本部が置かれてる場所だった。
どうやら雪害ってのは一ヵ所じゃなくて、この辺りで多発的に発生してるらしい。なのでここに本部を設けて、各地の実行部隊に指示を出すって事らしい。……考えてみれば、仮にも王族だの有力貴族だのの子女を、いきなり現場には行かせんよな。
今日のところはここの本陣……って言うか、雪害対策本部に泊まって、明日は各地の状況を見て動くらしい。
面倒な事にならなきゃいいが。
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~Side ドルシラ~
馬車で目的地まで移動している間に、ネモさんから人員配置の提案がありました。
今回は私たちネモ班以外に、カルベインさんとマースさん、それにクィントンさんが参加しています。この、謂わば新参のお三方はネモさんと一緒に行動するのに慣れていないだろうから、とりあえずカルベインさんとマースさん――お二人はクラスで同じ班に属しています――が一緒に行動、クィントンさんは同じ女子の私と一緒に行動してはどうかというものでした。
私には妥当な案だと思えたのですが、カルベインさんが当初は難色を示しました。けれどネモさんが、〝俺に命令されるか、気心の知れたやつの指示に従うか、好きな方を選べ〟――とおっしゃると、素直に納得されたようでした。……物凄く説得力のある説明でしたものね。
私――レンフォール公爵令嬢ドルシラとしても、ネモさんの提案は好都合でした。
何しろクィントンさんのご実家は、レクター侯爵の派閥に属しています。言い換えると、親ネモさん派なわけです。お祖父様のやらかし以来、ネモさんとの距離が微妙な事になっている当家としては、或る意味で千載一遇の好機と言えます。
クィントン子爵家は当家の寄り子ではないので、本来なら伝手を繋ぐのは難しいのですが……どういうわけかレスリーさんは、私に好意を寄せて下さいます。今回同じチームとして行動する事で、もう一歩踏み込んだお付き合いをする事も可能でしょう。この機を逃すわけには参りません。
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後日レスリーさんから伺ったところでは、クィントン家でもネモさんにどう対処するか、態度を決めかねていたそうです。
私やジュリアン殿下と同じ班に属していたため、王家派に取り込まれたのかと思っていたら、私のお祖父様がやらかした件が聞こえてきて、更にレクター侯爵――クィントン子爵家の寄り親ですわね――とネモさんが予てから懇意の仲である事が明らかになった……確かに、ネモさんをどう扱うべきか、右往左往するのも無理ありませんわね。
そういう事情なのでレスリーさんが、ネモさんと同じ班に属する私と伝手を結んだ事は、クィントン子爵家としても渡りに船だったようです。父親から褒められたと教えてくれました。
ネモさん風にはこういうのを、〝win-winの関係〟って云うのでしたかしら。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




