第五十三章 新年祭(二日目) 4.振る舞いの場にて
~Side ネモ~
ただし誤解してほしくないんだが、囲壁外はスラム扱いだとか、そこに住む新参連中は流民扱いだとか……そういう差別はほとんど無い。「囲壁」っていう、謂わば都市サービスの恩恵を受けられない分だけ税金が安くなってるとか、そういう「区別」はあるけどな。
締まり屋の中にゃそれを当てにして、増えた家族を壁の外に住まわせるようなやつもいるそうだ。前世だと鬼畜の所業とか言われそうだが、こっちだとそこまで風当たりは強くなくて、半ば仕方のない事だと受け止められている。壁の外に住んでるからといって、保護やサービスの対象外って事は無くて、有事の際にはちゃんと守ってもらえるわけだし。
あと、都市外には農地が広がってるんだが、そこを耕作する農民たちも、面倒だからって壁の外に家を建てる事が多いそうだ。街道をやって来る旅人目当ての店とかもな。
ただまぁ……そんな感じで壁の外は、都市計画とは無関係に家が建ち並んだ結果、囲壁内よりも街区が狭くゴチャゴチャした造りになっている。かと思うと、一軒だけポツンと離れたところに建ってたりな。
俺は【収納】スキル持ちだという事情もあって、王都の外に出た事は数えるほどしか無い。だもんで、物珍しさにあちこち見回していたんだが……
「あれは……?」
「ん? あぁ、新年の振る舞いってやつだな」
この世界では〝持てる者から持たざる者への振る舞い〟ってのは、それこそ当たり前のように行なわれている。一種の社会保障なんだろうが、制度としてではなく道徳……いや、当たり前の文化として、それが成り立っているわけだ。
故郷にいた頃は水産ギルドが、新年の振る舞いってやつをしてくれてた。うちの村は振る舞われる立場だったんだが……少しばかり余裕ができた今、これまでの借りを返しておくべきかもしれないな。
隊長さんに訊いてみると、王都での振る舞いってのは、城壁の内と外で微妙に違っているらしい。
城壁の内側では教会の他に、学園や騎士団とかが主体となって孤児や貧者に向けて、外側では自作農とかが主体となって小作人や出稼ぎ人、そして子どもたちを対象に、炊き出しみたいな事をやってるそうだ。
見栄や世間体でやるようなもんじゃなくて、家に余分な食いもんがあったら、量の多寡に拘わらず、適宜供出するって感じなのがいい。参加のハードルが低いからな。
で――教会が主催している内側の振る舞いには、俺は参加するわけにはいかん。アグネスとかち合う危険を冒すわけにはいかんからな。……そうなると、今、目の前でやってるこれが、俺が振る舞いに参加する唯一の機会って事になる。
そんなわけで、何か余ってるもんが無かったかと、【収納】内を探ってみたんだが……
「……そう言や固豆が余ってるか?」
何の気無しにそう呟いたら、
「固豆だ?」
隣にいた隊長さんが反応した。……固豆がどうかしたってのか?
「……去年の十月だったっけな。魔導学園の創立祭で、豪く斬新な固豆の料理が売り出されたのを切っ掛けに、それまで不良在庫だった固豆が、一気に優良商品に化けたとかで……市場が酷く混乱した事があったんだが……?」
あー……ナイジェルの出店でポップコーン擬きを作った時か。
俺はあの後直ぐに店を出たから知らなかったが、まずまず繁盛したらしいな。結構な事だ。
後になって、相場が乱れたとか何とか、お嬢が軽く因縁を付けてきたが……大袈裟な話だよな。他の連中が手を出さないうちに、ちょっとばかり多めに仕入れはしたが……それくらいで相場が動いたりはしないだろ。
「やっぱり坊主が元凶か!?」
「人聞きの悪い。庶民の生活の知恵ってやつですよ」
クラリスの話だと、高地民との交易でしか入って来ないみたいだったから、品切れになる前に確保しただけだ。根刮ぎにしたわけじゃないから、買い占めっていうのには当たらんよな?
「坊主の買い占めだけじゃねぇ。あの後あちこちの商会が、固豆の買い占めに動いたんだよ。お蔭でこっちゃいい迷惑だ」
「――迷惑?」
詳しく話を訊いてみると、皮が固いせいで日保ちが良く、保存食糧に向いた固豆は、軍の兵糧として必需品なんだそうだ。それがゴッソリ市場から消えたせいで、兵站の担当者が走り廻る羽目になったらしい。
隊長さんに怨み言を言われたんだが……それって俺のせいなのか?




