第五十三章 新年祭(二日目) 3.南の門の先に(その2)【地図あり】
~Side アーリング・バンクロフツ~
ネモの坊主の監視と冷やかしを兼ねて外の泉まで同行したんだが……あの坊主、泉の試しを難無く熟しやがった。
邪魔する気満々で屯ってるガキどもは、坊主の一睨みで散っちまいやがって、坊主は誰にも邪魔される事無く一周してのけた。
俺も含めて見物人が坊主の喉元を注視してたんだが……坊主め、仕来りどおり鼻を摘んだまま、口ん中の水を飲み下す事も無く、澄ました顔で泉を一周しやがった。
〝故郷の湖で素潜りして鍛えた肺活量は伊達じゃない〟――なぁんて、したり顔で言ってやがったが……あいつの故郷ってなぁ化け物揃いなのかよ。……見物の連中は、やんやの大喝采を送ってやがったがな。
ま、そんなこんなで坊主の目的ってなぁ一応達成できたわけで、この後ぁ中に戻るだけ……と思ってたんだけどよ。ネモの坊主が妙に浮かねぇ顔をしてやがる。
気になって理由を訊き出してみたんだが……いや、思わず笑っちまったね。
孤児院のガキどもに教えた替え歌が大人気で、今も中で歌ってるから顔を合わせづらい……って、こりゃ一体どんな替え歌なのかと思うじゃねぇか。話の勢いってやつで問い詰めてやったんだけどよ……これが……
「ラ……狸の……キ、キ×玉……(www)」
聞いた瞬間腹を押さえて前屈みになって、思わず膝まで叩いちまった。いっそ転げ回らなかったのを褒めてほしいぜ。
「……そこまで笑わなくてもいいでしょう」
――いや! 笑うだろ!?
俺もそれなりに替え歌は知ってっけどよ、ここまでケッサクななぁ初めて聞いたぜ?
こりゃガキどもが喜ぶのも道理だわ。……隊の連中にも教えてやんなきゃな。
「……余計な事を考えてないでしょうね?」
「考えてねぇぜ?」
……けどよ、俺たちゃ何しろ「特務騎士団」だからよ。重要な情報を耳にした時ゃ、騎士団内で共有を図る必要があんのよ。こりゃ歴とした「職務」だからな。坊主だって〝余計な事〟たぁ言わねぇよな?
********
~Side ネモ~
隊長さんに馬鹿笑いはされたが、帰りづらい俺の事情は解ってもらえた。……何か悪巧みしてそうな顔だったけどな。
「そういう事情なら、熱りが冷めるまでもう暫く、塀の外の町を歩いてみるか? 坊主もあんまり来る機会は無ぇだろ?」
「そう言えば、そうですね」
ここらでちょいとこの町――王都ミネラリアの構造ってもんを、一齣説明しておくか。
王都ミネラリアは王城を中心にして、三層の城壁を持つ階層構造になっている。中心にあるのが王城で、その周りを、こいつも城壁に囲まれた旧市街――つっても、大半は建国時から王家に蹤き従っていた有力貴族、前世風に言えば譜代大名の屋敷だけどな――が取り囲んでいる。
俺たちが住んでいるのは謂わば新市街で、更に外側になるわけだ。敷地面積はこっちの方がずっと広いけどな。
こういう構造は王都に限った事じゃない。この世界の都市ってのは、所謂「城郭都市」とか「囲郭都市」とかってやつで、高い城壁で囲まれている。ただし前世と違うのは、この城壁は魔獣の襲来に備える意味が大きいって事だ。なので小規模な村落とかでも、相応の壁――中に城が無い場合は「城壁」じゃなくて、「囲壁」とか「市(囲)壁」とか言うらしいな――や土塁、堀なんかで囲まれてんのが普通だ。
で、問題なのは……王都みたいな囲郭都市の場合、守りは堅いんだがその反面で、市域の拡張が難しいって欠点があるわけだ。頑丈で大規模な囲壁ってのは、崩すのも造るのも大変だからな。
じゃあ、都市内の収容力以上に住民が増えた場合はどうするのかって言うと……新参者は囲壁の外に住むしか無いわけだ。




