第五十三章 新年祭(二日目) 2.南の門の先に(その1)
~Side ネモ~
俺がネイトさんの厚意に純真に真摯に感謝していると、そんな気分に水を注すかのように、オッサンが茶々を入れてきた。
「俺が訊きてぇのはな、坊主がどこに向かってんのかって事だ」
……ん? 南門に向かってるって言っただろうが。昨夜の酒が残ってんのか? このオッサン。
「朝っぱらから酔っちゃおらんわ! そうじゃなくてだな……南門から出た後、どこへ行こうってのかって事だ、俺が訊きてぇのは」
あぁ、そういう事かよ。だったら、
「外の泉でお水取りの行事があるって聞いたんで、折角だから参加しようかと」
昨日、イズメイル道場のお弟子さんたちから聞いたんだよな。新年祭の中日に泉の水を飲めば、万病除けになるって。前世の東大寺でやってたのと、同じような行事だろう。
あと、泉の水を口に含んだまま、息を止めて泉の周りを一周すると願いが叶う――って言い伝えの事も聞いた。万病除けも結構だが、俺としちゃ是非こっちの方にもチャレンジしたい。そうして念願のスローライフを手に入れるんだ。
「そっちか……森に行こうってんじゃねぇよな?」
「森? ……森で何かあるんですか?」
「いやっ! 何も無ぇ!! ……本当に森には行かねぇんだな?」
……諄いな。しつこい中年は嫌われるぞ? オッサン。
「誰が中年だ!?」
「――え?」
『マスター こんども ことばにでてたよー?』
――マジか!? 何とか誤魔化さんと……
「そ、それより! 俺が森に行くと、何か不都合でもあるんですか!?」
「お、おぅ……いやな……南の森で又候な、冬虫夏草なんか探すつもりじゃねぇかと……」
「は? ……そんなつもりはありませんでしたが……要るんですか? 冬虫夏草」
「要らねぇ! 要らねぇから余計な事すんなっつってんだ!!」
・・・・・・・・
結局、お目付役と称して蹤いて来たオッサンと、一緒に泉まで行く事になった。森には行かんと言ってるのに……特務騎士団ってのは疑り深いのかね。
そんな詮索する暇があったら、泉を一周して良縁でも願えばいいのによ。
「……余計なお世話だ。それより坊主、お前、泉を一周する気満々みてぇだが……あの泉を見た事ぁ無ぇのか?」
うん? ……王都に来た時は東門から入ったし、野外訓練場に行った時は西門を使って、北の森へは北門から向かったから……そう言や南門を使った事は無かったか?
「あー……だからかよ。……一応忠告しとくけどな、多分坊主が思ってるほど、楽な試しじゃねぇからな?」
……何が言いたいんだ? オッサン。
「ぶっちゃけて言やぁな、『泉』ってのがでけぇのよ。差し渡し百メット弱はあるかな」
……何ですと?
「いや、泉自体はそこまで大きくないんだがな。泉を取り囲んでる柵の差し渡しが、百メットにちょい足らねぇくらいあるんだわ。――で、〝一周〟ってのは、その柵の外を一周って事なんだな、これが」
百メットって……百メートルかよ。だったら一周ってのは……
「柵の周りは見物人が取り囲んでるし……そいつらを避けて一周ってのは、ちと骨が折れるぜ? おまけに、邪魔しようって気満々のガキどもが、常に屯してるしな」
何てこった……
「ま、そういう試練を撥ね除けて一周できるようなやつぁ、放っといても自力で願いを叶えちまうだろう……っていう、要するにこりゃ地元のやつらの洒落なのよ。……ま、坊主なら案外やってのけるかもしれんがな」
神の試練ってやつか。どこの世界でも、神様に願いを叶えてもらうのは大変だな。
『マスター マスターは おねがいのスキル もってなかったー?』
あれとこれとはまた別なんだよ。少なくとも、俺の中では――な。




