第五十二章 新年祭(初日) 2.奉納演武
~Side ネモ~
ジュリアンやお嬢たちと別れた後、俺はヴィクと一緒にブラブラと縁日を冷やかしてたんだが、
「……ネモ?」
意外そうな響きの声を、俺にかけてきたやつがいた。
「よぉ、ナイジェル。お前も縁日の冷やかしか?」
歳末ガラクタ市――正式名称は掃き出し市――以来無沙汰のナイジェルのやつだった。
……そう言えば……ナイジェルとは久しぶりだが、Bクラスのヘクトとは一度ギルドで会ったな。俺が受付にいるのを見て、目を丸くしてやがった。俺が冒険者ギルドの受付をやってるって知らなかったらしい。
……いや……受付とは言っても……実際に俺のところで受け付けするやつはほとんどいないんだが……それでも俺がいるだけで、冒険者連中がお行儀良くなるらしい。……サブマスのミュレルさんに言わせると、な。
それにしても今日はナイジェルのやつ、妹も幼馴染みも連れてないが……アレか? 無事に荷物持ちミッションから逃げ切ったって事か?
「いや……今日は道場の用事で来ているんだ。奉納演武の」
「奉納演武?」
面白そうな初耳ワードが出て来たんで、ナイジェルのやつを問い詰めたんだが、どうやらこれも新年祭の一環らしい。王都の諸流派が神様の無聊を慰めるために、演武を奉納するって事なんだそうだ。まぁ実態は、自分の流派の宣伝が目的みたいだが。
ここで会ったが百年目……じゃなくて、折角会ったんだからという事で、俺はナイジェルと共にイズメイル道場のコーナーへと足を向けた。
「これは……ネモ君ではないかね」
「お久しぶりです、イズメイル師範」
考えてみれば、イズメイル師範と会うのも久しぶりだな。前に会ったのはぎっくり腰……じゃねぇ、五月祭の前の武闘会の時だったから、かれこれ半年ぶりになるのか? 能く憶えててくれたもんだ。
「いやいや、ネモ君のような印象深い若者、一度会ったら忘れられるものかね」
……〝印象深い〟――ね。師範なりに気を遣ってくれた言い回しなんだろうな。まぁ、俺としちゃあ気が楽だが。
「それはともかく――ここで会ったのも百……神のお導きだ。ネモ君には是非ともお願いしたい事があるのだが」
……師範が言い直した箇所がちと気になるが……お願い?
どういう事かと訊ねてみたら、元々は俺のやらかしが原因だった。
「乳切り木……ですか」
「うむ。五月祭の時の道場対抗戦に、ネモ君が助っ人として出場してくれただろう? あの時に君が遣ったフレイル……『乳切り木』についての問い合わせが多くてね」
イズメイル道場の助っ人として出場したもんだから、乳切り木はイズメイル道場で教えているんじゃないかと誤解した連中が多かったんだと。
事情を説明しようにも、コンラートから俺の素性を伏せておくように釘を刺されたもんだから、説明に苦慮していたらしい。
だったらいっそ、俺に乳切り木を教えてもらえないか――というのが師範の頼みだった。……まぁ確かに、イズメイル道場で乳切り木を教えるようになれば、ややこしい説明をする必要は無いわけだ。
さて……これはどうしたもんかな。
あの乳切り木の術は、俺が前世の祖父ちゃん祖母ちゃんから教わったもんだが、それだって流派の免許皆伝を受けたわけじゃない。厳密に言えば、俺に伝授の資格は無いんだが……こっちの世界じゃ乳切り木なんて、他に遣える者がいないだろうし……不始末の責任を取らないってのも問題か。
結局、俺は師範の頼みを受ける事にした。俺の素性については伏せておくという条件で。




