第五十一章 孤児院訪問 3.替え歌騒動
~Side ネモ~
開幕早々から微妙な雰囲気に呑まれかけたが、時の氏神よろしく割って入ったシスターの尽力で、とりあえずボランティアの仕事にとりかかる事になった。日曜大工もチビどもの面倒見も、俺にとっちゃ慣れたもんだ。エルが手慣れた様子なのは解るとして、アスラン以下のやつらまでチビどもの面倒を見られてるなぁ、正直意外だったが、
「妹たちの世話をする事も多いですし、殿下たちにもご兄弟はおいでですし」
あー……そう言やお嬢には、フェリシアの下にも妹がいるって設定だったか。ジュリアンも兄弟姉妹とか多かったし……婚姻外交のための実弾ってわけか。
「……相変わらず身も蓋も無い言い方をするね、ネモ君は。……まぁ、間違ってはいないけど」
――うん?
『マスター おわりのほう くちにでてたよー?』
『何だと!?』
「お前はその失言癖をどうにかした方がいいぞ、ネモ」
むぅ……コンラートにまで呆れたように窘められるとは……これは本格的に注意せんと拙いかもしれん。
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俺の苦衷を察したわけでもないだろうが、タイミングを見計らったかのように、アグネスによる賛美歌の指導が始まった。神に捧げる歌の稽古なんだが……どっかで聞いたようなメロディーだな……
「あぁ、こういった賛美歌は民の間にも膾炙しているしね」
「ネモさんも歌っていらしたのですこと?」
「いや……俺らが歌ってたのは、これとは少し歌詞が違ってて……」
多分替え歌なんだろうとは思うが……前世では能く聴いたメロディーなんだよな。替え歌の方は実家のチビどもにも大人気だったんだが……元歌が賛美歌だとすると、アレを教えたのは拙かったかもしれん……
「あら? ネモ君も歌ってたんですか?」
――げっ!? 拙い、選りに選ってアグネスに会話を聞かれたか?
「い、いや……俺が歌ってたのとは歌詞が違ってて……」
「あら? 歌詞の違うものがあるんですか?」
「い、いや……だからな……」
「なぜそこまで動揺するんだ? ネモ」
「い、いや……だからなマヴェル、俺が知ってるのは、こんなお上品なやつじゃなくって……」
言葉を濁しての説明に苦心してたんだが、エルとアスランは何となく事情を察したらしい。……助けに入る気はさらさら無いようだけどな!
どうやってこの場を脱しようかと苦慮していたら、
「なにー? べつのうたー?」
「しりたいー」
「おしえてー」
……聞きつけたガキどもが騒ぎ出しやがった。
「ネモ君、よければ教えてくれませんか?」
あぁ……とうとうアグネスまでこんな事を言い出しやがった。
「ネモらしくもない。何を勿体ぶってるんだ?」
…………コンラート、自分が言った台詞を能く憶えてろよ? 後悔すんじゃねぇぞ?
そんなに知りたきゃ教えてやらぁ! 者ども聴けぇ! 淡々狸の歌!!
我が身の軽率を呪うがいいわ!!
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~Side アグネス~
〝足下を見ずに走る者は、必ず高転びに転ぶ〟
軽率な行動を戒めるこの諺の正しさを、今日ほど身に沁みた事はありません。
ネモ君が賛美歌の替え歌を知っていると聞いて、軽い好奇心から歌ってくれるようお願いしたんですけど……まさか……その替え歌というのが……
「ランラン、狸のキ×玉は~♪」
……などという涜神ものの歌詞だったなんて……
いえ……ネモ君は懸命に辞退しようとしていましたし、知らなかったとは言え、それを強要したのはわたしたちなんですけど……
レンフォールのお嬢様は真っ赤になって俯いていらっしゃいましたけど、わたしの顔は青くなっていたと思います。マヴェル様のお顔も強張っていらしたし、他のシスターたちもさぞや青褪めて……いませんね? 苦笑を浮かべているだけです。
……ちなみに、子どもたちには大好評でした。……明日からのお稽古が危ぶまれます。
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取り返しの付かない失態をしてしまったと、後刻、司教様にお詫びに伺ったのですけど、替え歌など能くある事だと笑い飛ばしておいででした。
「とは言え、今回の替え歌は中々に秀逸だがね」
歴史に残るかもしれないとお笑いですが……その当事者の一人として名が残るのは避けたいと……身勝手かもしれませんが、切実にそう思います。




