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第五十章 仮免舞踏会の夜 9.遭遇と撤退?

 ~Side ネモ~


 レンフォール伯爵夫人(おじょうのばあちゃん)と一曲踊った後は、踊り疲れた祖母(ばあ)ちゃんの休憩に付き合うという(てい)でダンスを回避――この辺りは祖母(ばあ)ちゃんの入れ知恵だ。年の功ってのは頼もしいもんだぜ――していたら、一旦ダンスが終わって休憩の時間になった。それを(しお)にお嬢たちが(たむろ)ってる場所へ舞い戻ったんだが……


「ご()(げん)()う、ドルシラ様。ネモ様もご無沙汰でした」

「あら、シェルミーネ様。ご()(げん)()う」

「あぁ、えーと……お晩です(グッド・イブニング)


 声をかけてきたのはBクラスの女子、シェルミーネ・リスカーだった。後ろにいる男子は彼女のパートナーだろう。

 こんなシチュでどう挨拶(あいさつ)すべきかなんて知らんから、適当にそれっぽい挨拶(あいさつ)をしたら……笑われた。用法としては間違っていないそうだが、発音の仕方が物々しくて(おお)(ぎょう)だったらしい。同じ学園の生徒なんだから、もっと軽く〝今晩は(イブニング)〟程度でもいいと教えられた。勉強になるもんだ。


 てっきりシェルミーネの目的はお嬢なんだと思っていたが、


「ネモ様、ご紹介させて下さいね。兄のエドマントです。お兄様、こちらがネモ様ですわ」

「……リスカー伯爵家次男・エドマントだ。騎士学園の二年生でもある。……その節は妹が世話をかけた」


 はぁん……こいつか。好き嫌いのせいで壊血病を発症しかけた甘ったれってのは。話を聞いた限りじゃ、性根を入れ替えるよりも頭を()()える方が早そうに思えたが……


(よろ)しく。ネモといいます」

「あ、あぁ……こちらこそ」


 ……何だか妙に腰が低くないか?



 ********



 ~No-Side~


 こちらの世界における一般的なマナーとして、目下の者から先に目上の者に声をかける事は無い。ゆえに目上の者は、声をかけるタイミングも充分に計った上でマウントを取りにかかるのだが……今回この場で演じられている場面には、そういう定式が()()まらなかった。


 まず単純に、ネモの方が()が高い……ではなく背が高い。ゆえに、心持ちとは言えネモがエドマントを見下ろす形になり、ネモ>エドマントという力関係を、(はた)()にも判り易く表している構図となっていた。


 次に両者の態度である。ネモは――礼こそ失していなかったものの――殊更(ことさら)にエドマントを敬うつもりは無かったし、エドマントはエドマントでネモに対して、思いっきり腰が引けていた。

 ネモの噂――大っぴらになってはいないがディオニクスを(いっ)(しゅう)したとか、大水蛇(ヘイラーダ)を常食しているとか、大陸七剣の一人と互角の勝負を演じたとか――を聞いた時には眉唾だろうと思ったが、いざ当のネモと相対してみると、本人から漂って来る絶対強者のオーラに偽りは無い。エドマントの所属する騎士学園の校風に、(なまじ)に実力主義のところがあったのが災いしてか、ネモに完全に()(おく)れ・(くらい)()けしていたのだ。

 のみならず両親からも、生き腐れ病(=壊血病)の対策に関して助言してくれたネモに対しては、礼を述べておくようきつく申し渡されている。これで上から目線になど、到底なれよう筈が無いではないか。


 最後にネモの立ち位置がある。エドマントはリスカー伯爵の次男であるが、対するネモは――平民に過ぎぬとはいえ――ジュリアン王子やレンフォール公爵令嬢と懇意にしている上に、つい今しがたにはレクター侯爵の孫娘やレンフォール伯爵(=先代レンフォール公爵)夫人を相手に、見事な(・・・)ダンスを披露していた。バックの大きさ・絢爛(けんらん)さに、圧倒されるのも無理からぬ事であった。


 ……というような事情は知らぬものの、ネモとしてはエドマントの生活態度に一言云ってやりたい思いがあったので、エドマントに対して苦言を述べていく。それはもう諄々(じゅんじゅん)と、懇々(こんこん)と。……完全に年長者としての目線――ネモの享年を考えると、(あなが)ち間違いではない――から。


 そして――この光景を密かに目にしていた者が他にもいた事で、事態は(いささ)かおかしな方向に転がった。



・・・・・・・・



「ローランド殿下は一体どこに行かれたのだ?」

「判らん。来賓(らいひん)にご挨拶(あいさつ)をお願いする予定になっていたのだが……」

「急用ができたとおっしゃって、急ぎ立ち去られたというが……」


 

 ……リスカー伯爵家次男・エドマントとネモの対面劇(いあつシーン)を見て、(ばく)とした不安に囚われたらしい。


 ネモをこの場に招くよう言い出したのは自分であるが、異母弟のジュリアンからは、当のネモは王城に招かれた事を迷惑がっているようだとも聞いた。もしもネモが自分に対して不快感を抱いていたら……


 ネモの威圧に屈する自分の姿がありありと幻視できたローランド王子は、急用と称して(あと)(しら)(なみ)を決め込んだのである。こういった危機回避能力の高さには、(かね)てから定評のあるローランド王子であった。


 ちなみに、行方(ゆくえ)(くら)ましたローランド王子の代役は、(きゅう)(きょ)起用されたジュリアン王子が(つつが)()く務めたのであったが……



(ローランドってやつ、ジュリアンの腹違いの兄貴らしいが、ちゃらんぽらんなところがあるみたいだな。ゲームに登場しなかったって事はモブ扱いなんだろうし……やっぱり、機会があったらぶん殴っておくか?)



 ――などという評価をネモから下される結果に終わったのであった。

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