第五十章 仮免舞踏会の夜 8.当世夜会服事情
~Side ネモ~
レンフォール伯爵夫人からは爺の不始末についても謝罪された。正直、爺一人に責めを負わせて済ませよう……って思惑も見え隠れするが、実際問題としてやらかしたのはあの爺だけだからな。他の面子まで一絡げに白眼視するのも筋違いか。お嬢とは今のところ上手くやっていけてるしな。
ついでだからヴィクの事も訊いてみたんだが、まず大丈夫だろうって事だった。
「と言うか、今日の時点で大丈夫になったと言った方がいいかしら。王家主催の舞踏会で、ジュリアン殿下もレクター侯爵も、勿論うちも何も言わなかったんですもの。後になっていちゃもんを付けるような愚物はいない筈ですよ?」
そりゃ重畳。
「まぁ……王宮の舞踏会に参加したスライムというのは、王国の歴史始まって以来ではないかと思うけど」
ヴィク当人は踊ってないんだから、〝参加〟と言うには当たらんと思うが……ま、これでヴィクにちょっかいかけようって馬鹿が減ってくれりゃ御の字だな。
「それよりも……ネモ君の服装は奇抜……いえ、斬新ね」
おっと、漸くその話題になってくれたか。結構気張って準備したのに、お嬢とネイトさん以外は誰も突っ込んでくれなくて、少し淋しい思いをしてたからな。
「見苦しいでしょうか?」
「いえ……そういう意味ではないのよ? けど……何と言うか……いえ、順番に訊いていきましょう。ベストを着て来たのはなぜかしら?」
「あ、そりゃ単に寒かった時の用心ですね。まさか王宮に来るとは思ってませんでしたから」
俺はちゃきちゃきの平民なんだし、町の公民館かどっかに割り振られるとばかり思ってたからな。暖房が効いてない可能性もあったわけだ……という事にしておこう。前世じゃスリーピースが定番だった……なんて言っても解らんだろうし。
正式ついでに白のベストってのも考えたんだが……前世で試着してみた時は、マフィアっぽさが五割増しって言われたんだよな。……あん時ゃサングラスと白絹のマフラー、できれば葉巻も――って勧められたんだっけ。必須アイテムだとか言われて。
「あぁ……そういう事だったのね」
お、こんな説明で納得してくれたか? 言ってみるもんだな。
「それでは……首に巻いているリボンのようなものは何かしら?」
「未成年はクラヴァットってのは結べないと聞いて、けど、何も無しじゃ間が抜けてる感じがしたんで。……おかしいですかね?」
苦労して自作した蝶ネクタイは、お嬢からは一応OKを貰えたんだが……ここは一つ、年の功とか経験者の目ってやつにも期待したいところだよな。
「いえ……新奇なのは間違いありませんけど……似合う似合わない……いえ、そうじゃなくて……マナーに適うかどうかで言えば……問題無いですね」
お、それを聞いて安心したぜ。
「寧ろクラヴァットより似合っているというか……未成年は貴金属のチェーンを着ける事が多いのだけれど……」
「平民の身では手が出ないので」
金鎖はなぁ……これも前世で着けてみた事があるんだが……こっちはこっちでチンピラ感が凄い事になったからなぁ……
「……初めて見たけど……驚くほど違和感無く纏まっていますね。……寧ろ、その事に違和感を感じるくらい」
その辺の感覚は俺には解らんが……
「そうなんですか?」
「えぇ。着道楽で聞こえた方々も、ネモ君の身形には興味津々のご様子ですし……声をかけてくる方も多いかもしれないわね」
……マジかよ……面倒な事は御免だし、ジュリアンたちに牽制役を任せるか。




