第五十章 仮免舞踏会の夜 6.波瀾含みのダンス(その2)
~Side ドルシラ~
ネモさんがファーストダンス――あれもダンスなのですかしら?――をミリエット嬢と踊ってしまったので、私たちのお膳立ては全て引っ繰り返されてしまいました。……ネモさんを警戒させないようにと仔細を教えておかなかったのが、完全に裏目に出た形ですわね。
貴族間の勢力図を乱さないようにと、態々派閥色の薄いハーシェル先輩に、ネモさんのファーストダンスの相手をお願いしていたのですけど……
「申し訳ございません、ハーシェル先輩」
単に無駄足を踏ませただけでなく、ハーシェル先輩からファーストダンスの機会を奪う形になってしまいました。大失態です。ネモさんが私たちの思惑を無視して動く事など、日常茶飯事だというのに……
「あら、構いませんわよ。噂どおりのネモ君の、天衣無縫ぶりを見せてもらった事だし」
……そう言えばネモさん、ハーシェル先輩とダンスのお稽古をしていた時には、妙に畏まって応対していましたわね。
「名残惜しいけど、次のダンスのお相手を待たせるわけにはいきませんから、ここで失礼させて戴きますね」
・・・・・・・・
〝ネモ君に宜しく〟――と言い残して立ち去るハーシェル先輩を見送った頃に、フラリとネモさんが戻って来ました。
……最初に会った時にも気になっていましたけど……やっぱり変わったお召し物ですわよね。ジャケットの下に纏っておいでのベストは……態々共布で誂えたものだそうです。ネモさんがこの方面に気を遣うとは思いませんでしたけど……マヴェル様が衣裳について何かおっしゃったようですから、それを踏まえての行動なのでしょうね。……踏み出す方向が予想外なのは、いつもの事ですし。
クラヴァット代わりという事で、リボンのようなものを首に巻いていらっしゃいますけど……これはこれで妙にしっくりとお似合いですわね。ジュリアン殿下やアスラン様も気にしておいでのようですし。
けれど――それはそれ、これはこれです。勝手な――仔細を教えておかなかった私たちに言えた義理ではないかもしれませんけど――真似をなさったネモさんに対して、一言苦言を述べずにはいられませんでした。
幸いと言っていいのか、ネモさんも自分のなさった事に対しては一掬の責任を感じていらっしゃるようでしたけど……それより問題なのは――
「ネモ君のセカンドダンスのお相手だね」
――ジュリアン殿下のおっしゃるとおりです。
ネモさんにはファーストダンスだけで退場して戴く予定でしたけど……ネモさんが選りにも選って、ファーストダンスをミリエット嬢と踊ってしまわれたので、均衡を保つためには……
「あー……ネイトさん……レクター侯爵様からもそんな事を言われたな。釣り合いを取るために、王家や公爵の派閥の女子とも踊っておけ――って」
〝そんなに大事なのか〟――と、不思議そうに言うネモさんです。思わず引っぱたいてやりたくなりましたけど……こういう水面下での牽制のし合いは貴族ならではのものですしね。ネモさんがご存じないのも当然かもしれません。
「それはともかく……現実問題としてどうしたものでしょうか。手頃な相手を見繕おうにも……今からでは……」
――マヴェル様がお悩みになっているとおりです。
ダンスのお相手は事前に予約して決まっているので、ここで割り込みをかけるなどしたら、却って面倒な事になってしまいます。斯く言う私も、次からのダンスのお相手は決まっていますし……それ以前にネモさんと私では、背丈が釣り合いませんけど。……ミリエット嬢がなさったような曲芸紛いのダンスは……あれはあれで見応えがありましたけど、私には到底無理ですし……
「そこらのメイドさんに頼んじゃ駄目なのか?」
……ネモさん……少しだけ黙っていて下さいましね?
「……致し方ありませんわね。お祖母様にお願い致しましょう」




