第五十章 仮免舞踏会の夜 1.会場を前にして
~Side ネモ~
舞踏会の当日、会場毎に纏まって移動するから学園の方に来いと言われて、温和しく出向いたらいつメンに囲まれて、そのまま流れるように連行された先は……ここって王城だよな?
「……おぃ、フォース……」
「い、いや……違う。誓って言うが僕じゃない! 僕のせいじゃない!!」
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~Side ドルシラ~
ネモさんが低い声――〝ドスの利いた声〟というのですかしら――で殿下を威嚇しておいでですけど……無理もありませんわよね。
元々ネモさんをどこの会場に廻すかというのは、実行委員会にとって頭の痛い問題でした。私たちとしては王家主催の会場でも問題無いと思っていましたけど……家柄だけを笠に着る愚物がネモさんやヴィクさんにいちゃもんを付けたりしたら、ネモさんも黙ってはいないでしょうし……最悪、ネモさんが王家を見限る可能性すらありました。それは避けたいというのが王家の意向でしたし……何よりも当のネモさんが、あまり格式張った席は嫌がる事も解っていました。
なので、上から二番目辺りのクラスに振り分けてはどうかと、そういう方向で調整が進んでいたのですけれど……ここに乱入して来られたのがローランド王子。ジュリアン殿下の一つ上の王子です。
そのローランド王子が、数々の殊勲を打ち立てたネモさんを、王家の招待という形で王宮に招くべきだと主張なさったのです。〝王家の招待とあれば、馬鹿な真似をする貴族も出ないだろう〟とおっしゃるんですけど……
〝ローランド兄上は予てから、ネモ君に会いたがっていたからね〟
〝ローランド殿下は、武術には甚く興味をお持ちですから……〟
……ジュリアン殿下とマヴェル様が漏らされたのが、この一件の内幕という事なのでしょう。けど……この事がネモさんに露見したら、ローランド殿下への対応が塩辛いものになりそうです。秘匿しておく事に相談が纏まったのですけど……ネモさんの威圧に屈したジュリアン殿下が、洗い浚い白状してしまわれました。……重ねて言いますけど、無理もありませんわね。
「おぃフォース……その兄ってやつ、殴っていいか?」
「お願いだからやめてあげて」
……やはりネモさんはお腹立ちのようです。……止めた方がいいでしょうかしら?
「ネモ、お前が本気で殴ったら、相手の命に関わるだろう」
悩んでいた時に話に割り込んだのがエルメインさんでした。グッドジョブ……と思ったのですけれど、
「やるんなら人目に付かないところでやれ。俺やアスラン様に迸りが来るのは迷惑だ」
……止めるつもりは無いようでした。
けど――そんなエルメインさんが舞踏会に出席する覚悟を決めているのを見て、ネモさんも少しだけ腹立ちを納めたようです。そこに新たに参戦したのが――
「まぁ、ネモ君にとっては悪い事ばかりでも無いと思うよ。考え方によっては――だけど」
「ん? そりゃどういう意味だ? リンドローム」
「仮にネモ君が上級平民クラスの夜会に出席したら、有象無象がわらわらと寄って来るよ? ネモ君は自覚してないみたいだけど、今や最大の要注目人物としてマークされてるからね」
「……マジかよ……」
「けど、ここならネモ君は場違いだから、寄って来るような者も少ないんじゃないかな? ローランド殿下のお心配りで、王家の客という体裁になっているようだしね」
こういう言い包め……いえ、説得をやらせたら、アスラン殿k……アスラン様の右に出る者はそういませんわね。
「……しゃあねぇ……ここはフォースの顔を立てて、ぶん殴るのは止めておくか」
「ローランド王子なら、ネモに引き合わせるだけで充分だと思うぞ。……カイズよりは心臓も強い筈だし……」
「ね、ねぇコンラート……何が〝充分〟なのかな?」
……一応は平穏な形――平穏ですわよね? 王子をぶん殴る云々よりは?――で話が纏まり、内心でホッとしていたのですけど……
「お嬢……メイクが少しきつめじゃないのか? 悪役面に拍車がかかってんぞ?」
――余計なお世話ですわ!! それより……
「ネモさんの方こそ、一風変わった出で立ちでのご登場ですわね?」
頭の上にヴィクさんを乗せているのはいつもの事だとして……
「制服と同じ色のベストを、下に着ておいでですのね?」
「あぁ。まさか会場がここだとは思わなかったからな。寒さ対策を兼ねて作ってもらった。共布なら外れは無いと思ってな」
「なるほど……」
「考えてもみなかったけど……悪くないね」
殿方も興味津々という感じですわね。実際に似合っていますし……と言うか、これを見てしまうと、ベストの無い服装が物足りなく見えてくるのですけれど……?
「ベストについては解りましたわ。けど……首に巻いていらっしゃる、ソレは……?」
私たち未成年は、正装でも成年と同じ衣装を纏う事を禁じられています。女子だと髪型やリボンの色・幅などに細かな規定がありますし、男子だとクラヴァットの着用が禁じられています。クラヴァットの代わりとして、王族や貴族では貴金属製の細いチェーンを着ける事が多いのですけれど……ネモさんは大胆にも、クラヴァットの代わりにリボンのようなものを襟に着けて現れたのです。
「おぅ。何か規則でクラヴァットとかはぶら下げられないみたいだからな。かと言って、何も無しじゃ間が抜けてるしで、代わりになりそうなものを着けてみた。そこのマヴェルにも、みっともない格好で現れるな――って、釘を刺されたしな」
〝似合うか〟――と言われれば……確かにお似合いなのですけど……何でしょうか、この……違和感は。
この上無く似合う組み合わせなのに、これまで考えた事も無かったという……それでいて、いざ実際に目にしてみたら、これ以外の組み合わせは考えられないような……クラヴァット以上に似合っているような気も……
……地味に物議を醸しそうですわね。面白いから放って置きますけど。
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




