第四十九章 ボタン案件 2.スカイラー洋品店
~Side ネモ~
次の日の朝、顔見知りのガキんちょがスカイラー洋品店からだと言って伝言を届けに来たんで、駄賃をやって帰らせた。昨日頼んだシャツが仕立て上がったから、都合の好い時に取りに来てほしい――って事だった。いつもながら仕事が早いよな。……まぁ、舞踏会は明後日だから、試着だの調整だのまで考えると、急いでやらなきゃ間に合わないって事なんだろうが。……正直、シャツが無い事を理由に、舞踏会を欠席したいくらいなんだが……スカイラー洋品店に迷惑をかけるわけにもいかんしなぁ……。これも浮世の義理だと思って、覚悟して出席するしか無いか。
あ――ついでだから、昨日届いた貝殻も持ってくとするか。
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「……大丈夫、どこにも違和感は無いです」
「安心しましたよ。王家主催の舞踏会だというのに、お得意様におかしな格好をさせていたら、店としての沽券に関わりますからね」
「ははは……」
逃げるなって釘を刺されたって事だ。こっちの考えなんかお見通しかよ。……もう笑うしか無いよな。
「あぁそうそう、ベストの方はもう少し待って下さい。上手くすれば、当日の昼前には用意できるかもしれません」
「それは助かりますけど……職人さんたちに無理をさせるようなら……」
「いえいえ。これに関しては、私の勘が囁くのですよ。ネモ君にベストを渡しておいた方が良い――とね」
そこまで期待されるようなもんでもないんだけどなぁ……
「あ、そうそう。故郷から貝殻が届いたんで、持って来ましたよ」
「おぉ、それはありがとうございます」
表情を綻ばせて箱の蓋を取った店長さんは……中を見て妙な顔をした。
「え……?」
「え……?」
・・・・・・・・
暫し疑問と回答の遣り取りをした後で、漸くお互いの勘違いに気が付いた。
〝ボタンに使う貝〟というから、俺はてっきり前世の貝ボタンだと思い込んでいたんだが……店長さんが考えていたのは、小型の巻き貝をそのままボタンに使えないかというものだった。……タカラガイとかキサゴとかだな。
「いえ、そういった巻き貝は、実際には色やサイズに差異があって、同じサイズを揃えるのが難しいんですよ。言い換えると、集めた素材の大半は、少なくとも同一のシャツには使えず、無駄になります」
「なるほど……」
――ここで新たな問題が表面化した。
店長さんの方では、適当に見繕った巻き貝をそのままボタンにする事しか考えてなかったみたいだから、当然、硬い貝殻を加工するような道具の用意は無い。俺の方は、そういった道具は当然店長さんが手配してるだろうと思ってたから、道具の事なんか考えもしなかった。
「こりゃ……お蔵入りですかね」
「いえ……道具の方は、細工師の手配も含めて、私の方でどうにかします。何より……この機を逃すなと、私の勘が囁いているんですよ」
……能く囁くなぁ、店長さんの勘。
二枚貝の殻は硬くて細工に手子摺りそうなんだが……確か前世では、コルクボーラーのような筒状の刃物で切り取るんだったか? こっちでもできない事は無さそうだが……しょうが無ぇ、思い付きといった風にして、サジェスチョンだけしておくか。
「なるほど……そういう風にして加工するのですか」
「単なるガキの思い付きですよ? 実際にそんな事ができるのかまでは知りませんからね」
「いえ……お話を聞いた限りでは、有望そうな気がします」
「あとは……厚みがあるとボタンホールを潜らせるのが大変でしょうから、平たく薄く加工する事ぐらいですかね」
「ふむ……薄くするとなると……洗濯やアイロンがけの時に割れたり欠けたり、変色したりするする虞も出てきますね」
あぁ……そういう問題も出てくるよな。
「となると……洗いまで店の方で請け負う必要がありますか。面倒ではあるんですが……」
この時俺が思い出したのは、前世にあったカフリンクス、通称カフスボタンの事だった。
能く見かけたのは、カフリンクスの留め具を真っ直ぐに伸ばした後でボタンホールに通し、その後で留め具を捻ってT字型にして固定するタイプ……確かスティヴル式とかレバー式とか言ってたよな。他にもスナップボタンで固定するスナップ式とか、チェーンで固定するのとかあるみたいだが……詳しい事は知らん!
スティヴル式もスナップ式も、使用者側からすると使い易いんだが……留め具の加工が難しそうだよな。スティヴル式だと、留め具をT字型のままに留めておく工夫とか。
作るとなると面倒そうな気はしたんだが、黙っておくのも気が引ける。巻き貝と二枚貝を勘違いした引け目もあるしな。
……って事で、俺は店長さんにカフリンクスのアイデアを伝えたんだが……店長さんの食い付きと鼻息が凄かった。
店にもタイピンの職人がいるから相談してみるって言ってたけど……こっちに迸りは来ないだろうな?




