第六章 仔猫を助けて 1.子供たちからのお願い
~Side ネモ~
野外訓練場での一幕があった次の週明け、学園へ向かう途中でチビどもが集まって騒いでいるのに出会した。
「あ! 顔の悪いにーちゃん!」
――誰の顔が悪いって? あ゛?
「ちがう。ごめん。目つきの悪いにーちゃん」
……悪意でディスったわけじゃないのは認めてやろう。何騒いでんだ?
「あの子、木からおりられなくなったみたいなの」
「あの子?」
子供が木から降りられなくなったのかと思って見上げた俺の目に映ったのは……
「……あの猫か?」
一匹の猫が怯えたように枝にしがみ付いている姿だった。小さいし、まだ生まれて間も無いように見える。
「……お前らが騒ぐから怖がってんじゃないのか?」
「ちがうの! だっこしても嫌がんなかったの!」
「呼んでもおりてこないんだよ!」
いや……何とかしてくれって顔でこっちを見られてもな……
「ぼーけんしゃは、しみんせーかつのこーじょーにしすることを、もくてきとするんだろ?」
……確かに、冒険者ギルドの規約というか定款では、〝市民生活の向上に資する事を目的とする〟――ってなってるけどな。
……しょうがねぇ。
ガキどもを下がらせてから幹に一蹴りくれてやると、揺れた木から仔猫が落ちてきたのでそれをキャッチする。少し爪を立てられたけど、これが一番手っ取り早いだろう。
「おら。もう無茶させんじゃねぇぞ」
「ありがとー」
「さすがにーちゃん、たよりになる」
「にゃー」
……最後の一声は仔猫だ。あんなやり方でも、一応助けられたのは理解しているみたいだ。思ったより頭良いんじゃないのか?
ともあれ、これで面倒は片付いた。あとは遅刻しないように登校するだけ。
――そう思っていたんだが……
「あら? 大丈夫だったみたいですね?」
……プラチナブロンドの髪を修道女の頭巾で覆った、厄介事の種が声をかけてきやがった。
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~Side アグネス~
週末は教会に戻ってお務めを済ませ、週明けの朝に学園へと急いでいたら、子供たちに呼び止められました。何でも仔猫が木の上から降りられなくなっているので、下ろすのを手伝ってほしいのだとか。
見習いとはいえ修道女が木登りをするなど、はしたない気もしますけど……子供たちが困っているのを見捨てるわけにもいきません。
覚悟を決めてその木のところへと急いだのですが……
「あら? 大丈夫だったみたいですね?」
仔猫は既に助け下ろされた後でした。
仔猫を助けたのは背の高い男の子で、確か私と同じ魔導学園の一年生だったと思います。田舎の村からやって来たユニークスキル持ちの方だとか。入寮早々に同室者の方とトラブルを起こして退寮になったそうですが、聞けばご本人に落ち度は無く、巻き込まれただけだそうです。それでどうして退寮になったのかと思ったのですが、何でも注意したら相手の方が卒倒なさったとか。……能く解りませんでした。
大柄で口数の少ない方でしたけど、子供たちからは慕われているようですし、悪い方ではないのだと思います。……少し目つきはアレですけれど。
……教会での礼拝にお誘いするべきでしょうか?
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~Side ネモ~
チビたちがアグネスを引っ張って来た時に気が付いた。
――これ、アグネスルートの仔猫イベントだ。
後に聖女と呼ばれる事になるアグネスは、「プレリュード」ではBクラスに在籍している。このイベントは確か、子供たちから頼まれたアグネスが木に登って動けなくなったところで、下を通りがかったプレイヤーキャラクターかレオ、またはナイジェルに助けられるイベントだった筈だ。
ゲームではアグネスが木の上で立ち往生しているシーンから始まっていて、子供に頼まれた云々はフレーバーテキストでしか出てこなかったから判らなかった。
で、助けたのがレオの場合はレオが週末ごとに帰宅している理由が、ナイジェルの場合は知り合いの冒険者に指導を受けている事が明かされた上で、それぞれアグネスとの距離が縮まる流れだった筈なんだが……
……今回のようなケースはどうなるんだ?