第四十八章 歳末ガラクタ市~市中編~ 9.スカイラー洋品店
~Side ネモ~
コンラートに引っ張っられてやって来たのは、スカイラー洋品店だった。王都でも一、二を争う大店の上に、魔導学園御用達の店でもある。ここなら急な注文にも応じてくれると考えての事だろう。俺の体格が標準よりちっとばかり良過ぎるんで、制服も特注になっちまって、その分お世話になる事も多いからな。
ただまぁ、俺とこの店の接点は、実のところ他にもある。俺に時々染み抜きの仕事を、それも冒険者ギルドを通しての指名依頼という形で斡旋してくれるのがこの店なんだよ。だから店長さんとも顔馴染みなもんで、シャツの注文をお願いした後も気楽な雑談を交わしていたんだが……話の流れが舞踏会の事になったのも、言ってしまえば当然の成り行きってもんだった。
「俺はちゃきちゃきの平民だってのに、そこまで気を遣う必要があるんですかねぇ……」
さっきコンラートに言い包められた時には、そんなもんかと思ったが……能く考えてみると、俺が廻されるような会場にいるのは、俺とどっこいの平民ばかりじゃねぇのか? そこまで気を張る必要は無さそうな気もするんだが……店長さんの意見は少し違ってた。
「いえ、どこの会場へ行くにせよ、ネモ君がAクラス生という事は変わらないわけですから、Aクラス相応の身嗜みを要求されると思いますよ」
マジかよ……面倒臭ぇな……
いっそブッチしてやろうかと考え始めたところで、そんな想いが顔に出ていたのか、店長さんが慰めるような言葉をかけてくれた。
「まぁ、生徒さんの服装は謂わば略装ですから、まだ気は楽な方だと思いますよ」
あー……そうだよな。何たってノーネクタイだもんな。
前世だったら最低でも三つ揃い、事と次第によっちゃ燕尾服に白チョッキ、白の蝶ネクタイなんて格好を強いられてもおかしくないよな。
まぁ、こっちの世界じゃ前世のようなネクタイは広まっていないみたいだが――
「未成年は慣例として、クラヴァットの着用を認められていませんからね」
「あ、そういう事なんですか」
――代わりにクラヴァットっていう、首に巻くスカーフみたいなもんがある。前世じゃネクタイの原型とか言われてたやつで、元はクロアチアの兵隊が首に巻いてたとか、その単語自体が〝クロアチア兵〟って意味だとか聞いた憶えがあるんだが……こっちじゃその辺りどうなってんだ? ま、下手に詮索すると地雷を踏みそうだから、いつものように知らんぷりを決め込んどくけどな。
で、まぁ話を戻すとだ、本来ならそのクラヴァットってやつを身に着ける事で完成するファッションなのに、俺たち未成年はそのクラヴァットを着用できないってわけだ。まだ半人前だって事なんだろうが……そのせいで今一間が抜けた感じになっちまうんだよな。半端に格好付けた学ランって感じでよ。
「まぁ、大抵のお子さん方だと、そこも子供らしいという事で問題にはならないんでしょうけど……」
「……俺は体格だけは一人前ですからね。可愛げが無いっていうか」
「いえ……そこまでは……」
う~む……可愛げの無いのは自覚していたが……要するに俺の場合だと、いい大人が子供服を着ているような感じになるのか。改めて聞いてみると……キモいな。無いわ。
「クラヴァット以外のものを着けるっていうのは無いんですかね?」
念のために訊いてみたんだが、
「王族や貴族の方々だと、クラヴァットの代わりに細い貴金属のチェーンネックレスを付けたりもしますけどね」
「俺には縁の無い代物ですね」
……仮に持ってたとしても、チンピラ感が凄い事になりそうだよな、うん。
しかしまぁ、そういう事なら試してみるか。どうせ俺が行かされるのは、舞踏会って言っても平民の集まりの筈だからな。多少は珍奇なものを着けてたって、そこまで目くじらを立てられる事も無いだろう。所詮は子供のやる事だからな、うん。
(……その口から〝子供に見えない〟なんて台詞が飛び出したのは、ついさっきじゃありませんでしたかねぇ……)
店長さんが何か言いたげにこっちを見てるが、大した事じゃないんだろう。重要な事ならちゃんと口に出して言う筈だからな、この人は。
あ、そうだ。ついでだからこれも相談してみるか。
「は? ……制服の共布でベスト――ですか?」
「えぇ。舞踏会の会場ってのがどんなだか、俺は知らないんで。万一寒かったりしたらアレですから」
俺が行くのは平民クラスの会場だからな。町の公民館みたいなとこだと、碌に暖房も効いてない可能性がある。備えはしておくべきだろう。
「暖房もしてある筈ですし、そこまで冷える事は無かったと思いますが……解りました。ただ……舞踏会に間に合うかどうかは微妙なところですけど?」
「構いません。あって邪魔になるものじゃないと思いますし」
やっぱりフォーマルは三つ揃いが基本だよな。




