第四十八章 歳末ガラクタ市~市中編~ 7.黒い花瓶(裏)
~Side ネモ~
露店の骨董屋でレベッカが獣々しく唸ってたんで、何だと思って後ろから覗いたら……黒釉薬のテストベッドじゃねぇか。色合いは彼の「ブラック・オリバー」を意識してるみたいだが……あぁ、レベッカのやつはそれで悩んでんのか。こいつは確か商人志望だったもんな。自分の目利きに自信が持てずに悩んでるってとこか。
悩みとか葛藤とかは成長するための糧となるんだが……ここでいつまでもウンウン唸ってられちゃ店の方だって迷惑……いや、親爺は面白そうにニヤニヤしてんな。けどまぁ、俺たちだってそういつまでも付き合ってられないしな。無粋は承知の上で介入させてもらうとするか。
「おぃレベッカ。随分と悩んでるみてぇだが、そいつは『ブラック・オリバー』じゃねぇぞ。形はオリバーの作風に似せてあるがな」
レベッカは意外そうな顔付きで振り返ったが、オリバーの真作じゃねぇのは間違い無い。何しろ【眼力】が教えてくれるからな。
俺の【眼力】は【鑑定】スキルの上位互換みたいなとこがあるから、美術品の真贋判定も当然できる。……いや、別に作者の〝魂が籠もっている〟のが見えるとかじゃなくってな、もっと即物的な情報に基づく判断なんだよ。
まず、それが実際に人の手によって作られたものか、見本を模って形だけをスキルで真似たものなのかどうか、これが【眼力】で識別できる。後者は――二十一世紀日本の言い回しを借りれば――印刷物とか3Dプリンターで拵えたレプリカみたいなもんだな。表面の形だけを模ったものだから、本物の内部に残る刷毛目とか塑造の痕跡なんかは真似できていない。内部構造を見りゃ一発で判る。ま、それ以前に筆勢などからも判るしな。
他にも、作られた年代も大まかになら判るし、年代を誤魔化そうとした偽装の痕跡も見抜く事ができる。
同時代に同じ手法で作られたものは判別しにくいが、同じ人物の手によるものかどうかは、比較対象があれば判る。つまり、データベースの形で情報を蓄積しておけばいいわけだ。俗に謂う〝見る目を養う〟って事なんだろうな。……上手い下手ってのは、個人の価値判断が入るんで、ちと判らんが……ゼハン祖父ちゃんが色々と見せてくれたんで、〝目利き〟の方も大分鍛えられた。……まぁ、商売絡みで何度か【眼力】――と言うか〝目利き〟を使わされたが……分け前は貰ったし、「目利き」スキルの事も内緒にしてくれてるしだから、あまり文句も言えんがな。
ただ、それはそれとしてレベッカへの説明だが……馬鹿正直に【眼力】の事をカミングアウトするわけにもいかん。ここは別の根拠を持ち出すか。
「それ以前の問題だな。色だけに目が行ってるみてぇだが、そりゃ所謂『焼き物』じゃねぇ。【土魔法】で成型したものに釉薬をかけて焼いたもんだぞ? 注意して見りゃ魔力の痕跡が判るだろうが」
そう言ってやったらレベッカも――少し悔しそうに――納得していた。
多分だが釉薬のテストベッドとして焼いてみたもんじゃねぇのか? ま、こんな場末に流れて来るぐらいだ。作者もあまり気に入った出来じゃなかったんだろうな。
とは言え、花瓶として見りゃそう悪いもんじゃないし、その値段なら妥当だろ。
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露店を離れたところで少し小腹が空いたので、露店の串焼きで昼飯にする。美味そうな店はヴィクに選んでもらった。スライムの感覚ってなぁ鋭敏だからな。ナイジェルたちも頻りに感心していた。ふふん、羨ましかろう。
その後も少し歩いていると、ばったりとコンラートのやつに出会った。いつもワンセットで行動しているジュリアンのやつがいないのは珍しい。
事情を訊いたら、国から不要品をガラクタ市に下げ渡す、その手続きにやって来てたらしい。国が確保していた消耗品などで余ったものや使い切れなかったものは、寄付としてガラク……じゃねぇ、掃き出し市に下げ渡すのが慣例なんだそうだ。食料品なんかは炊き出し用に廻されるらしい。
新年を前にして国の気前の良いところを見せようってんだろうが、俺たち庶民にとっちゃありがたい話だ。
そんな事とかを二言三言話していたら、コンラートの顔色が急に悪くなった。一体何だってんだ?




