第四十八章 歳末ガラクタ市~市中編~ 2.ワケありマジックバッグ
~Side ネモ~
「おぃ親爺さん、こりゃマジックバッグじゃねぇのか? 何で露店なんかで売ってんだ?」
目の前に所在無げに置いてあんのがマジックバッグなら、こんな値段でこんなところへ並べていいもんじゃない。然るべきところに持ってけば、二倍や三倍じゃきかねぇ値段が付く筈だ。それを知らずに売ってるってんなら、魔導学園の生徒として見過ごせない、忠告の一つも与えるべき……って思ったんだが……道行く連中、何でチラ見するだけで通り過ぎてんだ? こっち見て苦笑いしてるやつもいるし。生き馬の目を抜く商人が掻っ攫っていってもおかしくないんじゃねぇのか?
怪訝に思っていた俺だが、その答は露店の親父が教えてくれた。
「お、おぉ……冒険者ギルドで受け付けやってる坊主か。そう言や魔導学園の生徒だったっけな」
「まぁな。で、理由は教えてもらえるのか?」
「あぁ、他所から来たんじゃ知らねぇのも無理はねぇか。こりゃ、いわゆる不良品……ってぇか、ワケあり品ってやつなのよ」
「ワケあり品?」
「おぉ。ぶっ壊れてて、出すのも入れるのもできねぇのよ」
「……そりゃもう〝バッグ〟とは言えねぇんじゃねぇのか?」
「いや、マジックバッグなのは確かなんだ。【鑑定】してもらったから間違い無ぇ」
店番の親爺の話によると、元は冒険者の遺品か何からしい。どういう手蔓でかそれを入手したのはいいが、何をどうやっても開ける事ができなかったそうだ。終いにゃ斧まで持ち出して、一発ぶちかましてみたらしいが、
「腹の立つ事に、傷一つ付きやがらねぇ。マジックバッグってなぁ豪く頑丈なもんらしいな」
「あぁ……中にものが入ってる時はそうらしいな」
まだ授業では教わってないから耳学問程度なんだが……空間魔法付与の副効果なのか、作動中のマジックバッグはやたらと頑丈なんだそうだ。内部の空間を圧縮して高密度化してるのが原因なのか、それとも見かけ以上に大きいので、当たっている攻撃が分散・稀釈されているのか、そこまでは知らん。荷物を出して空にすると、そこまで堅固じゃないらしいんだが。
……てぇ事ぁ、こりゃ中に何か入ってんのか?
「おうよ。中身込みでこの値段だ。買わねぇか?」
「開ける事ができねぇんじゃ、中身も何もねぇだろ」
「違ぇ無ぇ」
ともかくだ、何をどうやってもバッグを開ける事ができなかった親爺は匙を投げて、機会がある度にこうやって露店に並べているらしい。魔術師とかが通りがかる度に話を持ちかけてるらしいが、
「埒が明かねぇのか?」
「どうにもなぁ……」
封印系の魔法が掛かってるのかと見てもらったそうだが、そんな痕跡は無いそうだ。つまり開かない原因は不明ってわけで、そうなると魔術師にも打つべき手が思い付かないらしい。結果、「開かずのバッグ」としての評判ばかりが広まったんだと。
「力任せにぶち破るのも止められた。大変な事になるからってな」
作動中のマジックバッグを無理矢理に開くと、大惨事になるんだそうだ。まぁ、空間を圧縮したりしているのが一気に解放されるわけだから……無理もないか。収容物が一気に放出されるだけでなく、圧縮されていた空間が瞬時に膨張して、爆発めいた現象が起きるんだと。
……いや……瞬間的な気体の膨張なら、正真正銘の「爆発」か。
「……そんな物騒なものを露店で売ってるのかよ。……大丈夫なのか、これ?」
「一応な。【鑑定】した魔術師が言うには、今日明日にどうこうなるってもんじゃねぇそうだ」
「本当かよ……」
どうにも不安になったんで、こっそり【眼力】で鑑定したんだが……何だ? 魔力の流れが滞ってるみたいだな? ……能く解らんが、少なくとも直ぐに爆発しそうな気配は無いな。一安心ってところか。
「学園に持ち込んだりはしなかったのか?」
前世の地球じゃ、こういうわけの判らんもんは、大学に持ち込むのが定番だった。それと同じつもりで訊ねたんだが、
「馬鹿言え。こちとらしがねぇ平民なんだ。『王立』の『魔導』学園なんて大層な場所に入れるもんか。それも、こんなヤバいもんを持ち込むなんざ……首を刎ねられちまわぁ」
いや、そこまでの事ぁ無いと思うが……あぁ、そうか。
ついつい前世の感覚で判断しちまったが、「王立」の「魔導」学園なんて場所、庶民にゃ二重の意味では敷居が高いよな。俺だってユニークスキルの事がバレなきゃ、入ろうなんて思わなかったし。何しろ王族や貴族の子女が、一つところに集まってるんだ。そんなところに〝作動不良のマジックバッグ〟なんて危険物は持ち込めんか。下手をすると首が飛ぶ……ってのは、冗談でも何でもないな。
ナイジェルみたいに学園に通ってる平民の学生を通じて……ってのも無理か。或る意味で危険なブツを押し付ける事になるわけだし。押し付けられた学生だって困るよな。
「ま、そんなこんなで売れ残ってるわけだ。どうだい坊主? 安くしとくぜ?」
……確かにちょいと気を引かれるよな。俺の場合は【収納】に突っ込んどきゃ無事なわけだし。開けられる目処が付くまで保管しとく――って手もあるわけだ。
……ちょっと悩むところだな。




