第四十七章 会食マナー講習 5.魚・獣・鳥はつつがなく
~Side アスラン~
イルという魚の事で思いがけず話が盛り上がった。故国の風土は乾燥気味だし、僕もエルも魚料理はあまり食べた事が無い。このイルという魚も当然初めて口にしたんだけど、そこまで不味いものだとは思わなかった。
けど……ネモ君に言わせると、きちんと下処理をしないイルは、泥臭くって食べられたものじゃないそうだ。泥抜きという不可欠な処理をした後、更に香草などで香り付けして、初めて食べられるものになるんだと力説していた。
「……そう言えばエル、前にゼリーの事を訊ねてたよな? このイルの煮汁を冷ますとゼリーが出来上がるぞ? ……味の方は、あまりお薦めできんがな」
「そうなのか?」
へぇ……僕も知らなかった。煮汁を冷ましただけでゼリーになるなんて、そんな不思議な魚がいるんだ。
けど、これもネモ君によると、下処理をしないで煮付けたイルはあまり薦められない味で、その煮汁が固まったゼリーも、それはそれは物凄い味らしい。味覚に対する冒涜とまで言ってたけど……そこまで言われると、逆に興味が湧いてくるな。
「止めとけリンドローム。悪い事は言わんから」
「……そこまで……?」
「あぁ、そこまで――だ」
こっそり給仕長やマヴェル君に目を遣ると、黙って一様に首を振っている。……そんな凄い料理なのか……いや、そこまでいくと、もはや「料理」と言えるのかな?
あんまり念入りに駄目を出すものだから、エルも試食は断念したらしい。まぁ、あのネモ君が制止するくらいだからね。
・・・・・・・・
イルの後に出て来たのは、野ウサギのシチューだった。僕は何度も食べた事があるし、割と一般的な料理だから、ネモ君にとっても馴染み深いメニューだろうと思ったんだけど……
「いや? このシチューはホワイトソース仕立てだろ? 俺の故郷じゃ牧畜とかは盛んじゃないし、それ以前に小麦が育ちにくいから、ホワイトソースなんてものは作れんな」
……そう言えば、ネモ君の故郷は湖水地方だった。牧畜に向いた環境とは言えないか。けど……小麦?
「何だリンドローム、知らんのか? ホワイトソースやブラウンソースを作る時は、小麦粉をバターで炒めるところから始めるんだ。……ですよね?」
ネモ君もそこまで自信が無かったのか、給仕長を振り返って確認していたけど……そのとおりだったらしい。……単純にミルクを混ぜるだけじゃなかったのか……。まぁ、ジュリアン殿下やレンフォール嬢も知らなかったみたいだけど。
「まぁ、学園の食堂にゃ時々出るから、食べる機会には恵まれたがな。どっちかってぇと、エルの方が馴染み深いんじゃねぇのか?」
ネモ君は話をエルに振ったけど、
「いや。俺の故郷でも小麦粉を使う事は多くない。簡単なスープぐらいなら作るが、燃料もあまり贅沢には使えんし、長時間煮込む料理などあまり作らんな」
「あぁ……それもそうか」
うん。遊牧民だからと言って、ミルクを常食にしているわけじゃないからね。況してエルの部族は、本質的には遊牧民と言うより狩猟民だ。どちらかと言うと肉を使った料理の方が多い。
そんな事を考えていると、丁度肉料理が運ばれて来た。野鳥……カモか何かのローストかな? 程好く脂がのっている上に焼き加減も絶妙で、満足できる一品だった。塩と少量の胡椒のみのさっぱりした味付けだったけど、肉自体の旨味が充分にあったし、余計な味付けが無い分、却って素材本来の味をしっかり楽しめた。……ヴィク君も満足そうな様子だし……
「鳥の肉とはこういうものなのだな……」
だからこの時、エルの次の台詞を予測できなかったのは、料理に気を取られていたのだという誹りを免れ得ないと思う。……エルの故郷で一般的に見かける鳥については、僕も能く知っている筈だったからね。




