第四十七章 会食マナー講習 2.開宴
~Side ネモ~
二学期の終業式が終わった後の事だ。ジュリアン以下の連中が飯を奢ってくれると言うんで、ヴィクともども楽しみにしていたら……おぃおぃ、ここって結構な高級店じゃねぇのか? 俺としちゃ、団子か串焼き程度でも充分だったんだが。
そう言ってやると、ジュリアンの面子的な意味で、そういうのはちと拙いらしい。春以降の慰労も入ってるっていうから、ありがたくゴチになる事にした。確かに色々と巻き込まれたりやらされたりしてるからな。……後でレオのやつからも集ってやろう。
事前にどんなメニューがいいのか訊かれたんで、ヴィクとの同席が最低条件だと伝えておいた。ついでに個室を希望するとも。そうしたら、従魔の同席を希望する客は案外多く、そういう場合は個室を取るのが普通だと聞かされた。いや、ジュリアンもお嬢も知らなくて、店の人から教えてもらったらしいんだが。ま、俺としちゃ条件が満たされてりゃ文句は無い。
メニューについては店にお任せだが、できればマナーについても教えてくれと伝えておいた。そうしたら店の人が気を利かせてくれたらしく、一般的なセレブの食事に合わせてくれた。……俺の感覚的には、「セレブ」と「一般」の不協和音が凄いんだが……正直言って助かるわ。王族だの上級貴族だののマナーを教わっても、今後使う事は無いだろうからな。……ジュリアン? アスラン? あいつらはクラスメイトであって「王族」じゃない。少なくとも在学中はそれで通せるだろうし、卒業してからまで関わる気は無いから大丈夫だ。
『マスター それって 「フラグ」っていうんじゃないのー?』
……うん、ヴィク。後で教えてやるが、世の中には「言霊」という考え方があってだな……不吉な事を言うのは止めような?
『うん わかったー』
・・・・・・・・
個室に案内されると、銘々の席にフィンガーボウルが置いてあった。この世界でも既にカトラリーは普及しているが、パンとかは手で持って食べるからな。……エル、それは飲み水の大杯じゃないから、抱えてないでテーブルに置け。
最初に出て来たのは、小さなカップに入ったスープだった。具の入ってないコンソメみたいなもんか。店の人に教えてもらったんだが、正式な会食ではこれが始まりの合図みたいなもんで、レシピも決まっているらしい。……知らんかったわ。前世のコースメニューとも少し違うみたいだな。……いや、俺だって前世のフルコースを知悉してるわけじゃないんだが。
カップ一杯のスープで腹を温めると、次に出て来たのは……
「……食前酒は無しなのか?」
「ネモ君……僕らは一応学生なんだから」
「子供だって、こういう席では飲ませてもらえるんじゃねぇのか?」
ワインなんざ水と変わらんだろうと思っていたんだが……こっちの世界じゃ少し違うらしい。そもそも未成年は、酒の出る席に招かれる事自体が――原則として――無いそうだ。
それに加えて魔術師候補の子供の場合、下手に酔っ払って魔術をブッパされたりしたら大変だってんで、勝手な飲酒は厳禁されてるらしい。……俺、水産ギルドの宴会とかで何度も飲ませてもらってるんだが……黙っておくか。
〝こういう席での飲酒のマナーも知っておきたかっただけ〟と弁解したら、酒の代わりにノンアルコールのドリンクが出されるんだと返された。用意周到だな、くそ。
前世での知識から、最初に出て来るのはオードブルかスープだろうと思っていたんだが……案に相違して、スープとシチューのハイブリッドみたいなもんが出て来た。こりゃ何だ?
「野鳥のブルーエでございます。今回はウズラの良いものが手に入りましたので、それを使わせて戴きました」
店の人が説明してくれるんだが……そもそも俺、「ブルーエ」ってのが能く解らんのだが? ジュリアンたちは知ってるのか?
「コースの最初に出てくる……まぁ、定番みたいな料理だね。野鳥以外にも色々な肉を使うよ。魔獣の肉を使う事も多いね」
「ほぉ……で、『ブルーエ』ってのはどういう料理なんだ?」
「それは……ほら、こういう……〝百聞は一見に如かず〟っていうか……」
いや……見ただけじゃ判らんから訊いてるんだが……こりゃ、ジュリアンのやつも調理法とかは知らんみたいだな。コンラートもお嬢も視線を合わせようとしないし……アスランのやつは……
「いや、僕の国だと牛乳を使ったシチューで始まる事が多いからね。こういうのは初めてかな?」
こっちの貴族のパーティに参加した事は無いのかと訊いたら、アスランの境遇を推し量ってなのか、ラティメリア風のコースが多かったらしい。その後は直ぐに学園に入学したので、こっち風のコース料理に親しむ機会が無かったと聞かされた。……なるほどな。
アスランとエルが知らない理由は解ったが、ジュリアンやお嬢、コンラートが説明できないのはどういう事だ? お前ら将来、他国の大使とかと会食するんだろうが。
「……ブルーエと申しますのは、ご覧のとおりスープとシチューの中間のようなものでございまして。これは軽くローストしましたウズラの肉に、同じウズラから取りましたブイヨンを注いだものでございます。香り付けには香草を散らしてございます」
ウズラの旬は三月から四月だって聞いた事があるような……いや、あれは前世の話だったっけか? まぁ、こっちでもウズラは家禽化されてるみたいだし、マジックバッグなんてチートな道具も存在してる。お貴族様だと、あまり旬に拘る必要も無いのかもしれんな。




