幕 間 制服余話 2.ワイシャツ
~Side ネモ~
制服に絡んだトラブルの二番手は、俺が学園の寮を出た事で引き起こされた。とは言っても、俺がその問題に気付いたのはつい最近になってからなんだが。
魔導学園は基本的に全寮制なんで、その分だけ寮の設備とかサービスは確りしてる。制服に関係した点で言えば、生徒が自分たちで落とせないような汚れに対しては、寮内にあるランドリーサービス――正確には何と言うのか知らん――が無料で汚れ落としをしてくれるらしい。まぁ、生徒が汚れた制服を着てたんじゃ、王立学園の体面にも関わるからな。
で――問題なのは、寮を出た俺はこのサービスを受けられなくなったって事なんだ。まぁ実際には俺の【浄化】でどうにかできないような汚れは、ハンガーの件からこっちちょくちょく出入りさせてもらってるスカイラー洋品店に持って行きゃ、何とかなるんだけどな。現実はどうあれ、俺が規定のサービスを受けられていない――って点を問題にしたいわけだ。
ここで話はちょいと脇道へ逸れるんだが、魔導学園の制服は前ボタンのスーツタイプだ。ボタンは隠しボタンになってるが、まぁ今はそれは措いといて……この制服、上の第一ボタンと第二ボタンは留めずに前開きにしておくのがスタイルになってる。これ、魔導学園だけの問題じゃなくて、上流社会じゃそういう仕来りになってんだと。何でもドルシラのお嬢の言うところじゃ、然り気無く前を開けて、下に清潔な白いシャツを着ている事を示すのがマナーなんだそうだ。前世風に言えば見せシャツってやつか? セレブどもの考えは能く解らん。
念のために冒険者ギルドで訊いてみたんだが、ギルドじゃそんな屈折した真似はしないそうだ。屋内では基本的にボタンを留めて、暑ければ外す、現場へ出る時は多少暑くても留めておく……まぁ、合理的だよな。
ま、それはともかく……ここで問題なのは、制服の下に着るシャツ――前世風に言えばワイシャツだな――なんだが、なまじ白い分だけ汚れ易い……と言うか、汚れが目立ち易いわけだ。当然、小まめに洗う事になるんだが、元々の生地が――上着に較べると――薄い事もあって、傷むのが早い。汚れも段々落ちにくくなるしな。一応、シャツも学園からの支給分はあるんだが、それで間に合わないほど、傷みや汚れの方が早い。実習とかでも汚れるしな。
しかし、事は学園の体面にも関わるんで、汚れたシャツを着るなんてのは以ての外――というのがお偉方の言い分らしい。俺みたいな例外を別とすれば、一般の生徒は学園から出る事は滅多に無いんだし、気にしなくてもいいような気がするんだが。
で、制服の下に着るシャツが汚れたりした場合、対処の方法は二つしか無い――買い替えるか隠すかの二つだな。
経済的にゆとりが無いC・Dクラスの平民組は、シャツが汚れたりしている場合は、制服の前ボタンを留めて隠してもOKという事になってるらしいが、A・Bクラスの生徒はNGなんだと。
――ここで、俺の特殊な立場が問題になる。
俺はAクラスに在籍してはいるが、セレブでも何でもないバリバリの平民だ。当然、経済的にもゆとりは無いので、気軽にシャツを買い替えるわけにゃいかん。白いシャツってのは高いんだよ。なのに、俺は寮を出て生活しているせいで、寮のランドリーサービスが受けられない。汚れを落とす手立てが無いのに、通学時に制服姿を見られる機会はずっと多いわけだ。
学園としては体面もあるし、小綺麗な身形をしていてほしいって事らしいが……こっちの事情も忖度せずに、ただ身綺麗にしろって言われてもなぁ……
で――ディオニクスの件で学園長の爺さんと話す機会があった時に、この問題についても相談したわけだ。
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~Side ライサンダー学園長~
ネモ君から話を聞いた時には、顔から火が出るかと思うたわい。あろう事か小役人どもめ、勝手な言い分でネモ君を寮から追放して、洗濯室の恩恵を受けられなくしておきながら、シャツが汚れておるのは怪しからんなどと抜かしおるとは……どこまで恥を知らぬやつらなのか。自分たちの不手際・不始末を棚に上げてネモ君に尻拭いを押し付けるとは、呆れてものが言えんわ。
ネモ君は確かに常軌を逸した【生活魔法】の使い手じゃし、その【浄化】も尋常のものとは一線を画しておるというが……そんな事は問題ではない。学園側の不手際の始末を、生徒にやらせておるのが大問題なのだ。
……まぁこれに関しては、今の今まで気付かなんだ儂も偉そうな事は言えん。
ともあれ、ネモ君には何らかの形で学園側から補償すべきであるのじゃが……実際問題としてどうしたものか。
シャツを余分に支給するというのは、一番簡単な手に見えて、実際には少しばかり難しい面がある。
ネモ君は体格が優れておるゆえ、学園内にストックしてあるシャツではサイズが合わんらしい。彼が今着ておるものも、本来の学園指定のシャツではのぅて、大人用のシャツで間に合わせたものらしい。……それでも肩と胸の周りがちと窮屈じゃと零しておったくらいじゃ。
ともあれ、言うなれば特別仕様のシャツを然るべき数用意するとなると、予算案に狂いが生じてくる。無論の事、予備費は用意してあるが、年度も始まったばかりの段階で早々に予備費に手を着けるのは拙い――という意見は無視できぬ。王国の財務の連中は吝ん坊ばかりじゃからな。こっちの予算には小煩く注文を付けおって、その実は随分と甘い汁を吸っておりそうなやつばかりよ。いずれ証拠を押さえた暁には、ぐうの音も言わさず纏めて粛清してくれるわ。
ネモ君に寮の洗濯室を使わせてはという意見も出たが……自分たちの言い分でネモ君を追い出しておきながら、どの面下げてそんな事が言えるのか。言動が矛盾背反しておるじゃろうが。
どうしたものかと思案しておったところへ、当のネモ君から提案があった。