第四十六章 歳末ガラクタ市~学園編~ 9.技工科
~Side ネモ~
お嬢の勧めに従って、工具目当てに技工科にやって来たんだが……少しばかり当てが外れたな。確かに初心者向けの工具なんだろうが……残ってんのは鑿とか錐のセットとかなんだよな。サイズや形の違うやつを一揃いにした。
「……俺としちゃあ、もうちょっと、こう……日曜大工の工具セットみてぇなのを期待してたんだが……」
鋸とか金槌とか曲尺とかがセットになったようなのな。
「そういうのは真っ先に売れたんじゃないかな」
「残っているのは微妙なものが多いねぇ」
「初心者向けのセットではあるんだろうけど……」
「鑿とか錐ばかりこんなに揃えてもねぇ……」
「初心者が使うには多彩過ぎて、熟練者だと最早こういうセットは必要としないという……」
「中途半端なものが売れ残ったわけだな」
「全くだ」
エルの言うとおりだぜ。鑢のセットなんか、どこで使えってんだよ。……あぁ、この彫刻刀のセットとかは好さそうだな。……この際だ。買えるもんは買っとくか。
「結局お買いになるんですの?」
「考えてみりゃ、こういう時でもないと中々手に入らんだろうしな」
「まぁ……それは言えるか……」
この手の道具ってやつは、いつ、どこで必要になるか判らんし、その時直ぐに手に入るかどうかも判らん。逆に言やぁ、どこででも手に入るようなもんなら、態々ここで買う必要は無ぇんだよな。
俺は単純にそう考えていたんだが、
「そうか……ネモ君の場合、荷物になるとかは考えなくていいんだ……」
アスランに言われて気が付いた。収納場所や持ち運びに気を遣わなくていいってのは、今更ながら本当にありがたいチートだよな。けど……
「貴族ならマジックバッグとかは手に入るんじゃねぇのか?」
あれだって安いもんじゃないが、そこまで珍しいもんでもない。現に俺だって、始末した盗賊から巻き上げたやつを、実家に渡してるくらいだしな。
「まぁ、確かに手に入らなくはないんだけどね……」
「ネモ、あれも色々と制限があるんだ。出し入れできるものの大きさとか」
「それに、マジックバッグ自体を持ち歩く手間は変わらないわけだし」
「いつでもどこでも仕舞い込んで取り出せる、【収納】スキルには及びませんわよ」
あぁ……まぁ、そうではあるんだろうな。俺は【収納】持ちで好かったぜ。
・・・・・・・・
適当に工具を買い漁った後で、今度は素材の方を物色する事にした。……買った工具をその場で【収納】して見せたら、恨みがましい目で見られたけどな。……いや……別に見せびらかすつもりじゃ無かったんだが……〝スキルは貴賤を選ばない〟――って教わったけど……こうしてみると真理だと解るわ。
「で、ネモ君は今度は素材の物色かい?」
「あぁ。折角工具を買ったんだから、ついでに何か加工できる木材でも買っとこうかと思ってな」
「……もう発想が道楽貴族のそれっぽいね……」
何でだよ。新しい刃物が手に入ると、使いたくなるのが人情ってもんだろうが。
見ろ、エルだって黙って頷いてんじゃねぇか。
「お二人とも……言動に不穏なものが滲み出ていますわよ……?」
――おぃコラお嬢、人を殺人狂みたく言うんじゃねぇよ。刃物の使い途は、それ以外にも色々とあるだろうが。
エルと二人してジト見してやったら、
「けど……こっちも微妙なものが多いみたいだよ」
気を遣ったらしいアスランが、力業で話題を振ってきた。……丁度好いタイミングだから乗るけどな。
「……まぁ、使い出や使い処のある素材なら、こんな場所には出さんだろ」
「ほとんどが木っ端か……或いは節榑だね」
「……切れっ端はともかく……何で節榑がこんなにあるんだ?」
「あれじゃねぇか? 原木から使えそうな部分を取った残りとか?」
「……何でそんなものを取っておくんだ?」
「まぁ、建材とかにゃ向かんし加工もしにくいんだが、木目や形の面白いもんが多いからな」
日本でも根っ子とかはオブジェ扱いされてたのもあるし、パイプの材料として定番だったプライヤも、確か灌木か何かの根っ子だったよな。……俺は煙草は喫らんが、前世で親父が嗜んでたし、手慰みにパイプでも作ってみるか? ……いや……駄目だな。火皿の部分は手作りするとしても、吸い口を手に入れる当てが無い。
他に何か使えそうなものは無いかと見回すと、
「……何だ? 随分半端な角材だな」
角材とは言っても、切り口は正方形じゃなく長方形だな。板ってほどには平べったくないが。おまけに半端な長さの切れっ端ばかり。こんなもん何に使えってんだ?
「いや……使い処が無いから、ここにこうして並んでるんだと思うよ」
「……ネモ、意外に硬そうだぞ」
エルに言われて触ってみると、確かに思ったよりは丈夫そうだ。これなら補強材には使えるかも……待てよ?
この硬さでこの形なら……ちょっと加工してやりゃ、木琴が作れたりしないか? 硬いとは言っても、刃物が通らないってほどじゃないようだし。
「……ネモ、これであの杖を作るつもりか?」
じっと見てたら不審に思われたのか、エルのやつが訊いてきたんだが……木琴の類は今まで見た事が無かったしな。前世でもアフリカ原産だとか読んだ憶えがあるし。……ここは惚けておくとするか。食いもんでなけりゃお嬢の勘も、そこまでは働かんだろう。
「いや……こう平たくちゃ杖には使えんし、木刀にするにも向かんだろう。ま、何かの補強用には使えそうだから、一応買っとくけどな。……他に何か、武器とかに使えそうな材でもあったか?」
硬い材が敬遠されるってんなら、逆に棍棒とかに向いた材があるかもしれん。ヌンチャクとかトンファーとかな。そう思ってエルと探したんだが、手頃なものは見つからなかった。
代わりに見つかったのが、竹と葦の中間みたいな植物の茎だ。中が中空になってるし、この先も色々と役に立ちそうな気がしたので買っておいた。笛の材料にもなりそうなんだが……俺、笛とかは作った事が無いから、孔を開ける位置が判らんのだよな。
それ以外で見つかったのは、細長い羽目板みたいなのが幾つかだな。そこそこ弾力もあるし、何かに使えそうな気はするんだが、羽目板に使うにゃどうしようも無く数が足りん。そのせいで半端材扱いされて売れ残ったんだろう。
そのうち何かの役には立つだろうと思ったんで、これらも買っておく事にした。




