第四十五章 シャル・ウィ・ダンス? 1.残酷な宣告
~Side ネモ~
期末試験をそつ無く乗り切りはしたものの、冬期休暇を目前にして人生最大の難敵に直面する事になった俺とエルは――二人して絶望を噛み締めていた。
「神よ……」
「……神は……死んだんだ……」
生徒全員必修の舞踏会……ゲームでダンパのイベントがあるのは知ってたが、まさか全員参加だとは思わなかったぜ……
「たかがダンスの授業くらいで、何を不敬な事を言ってますの?」
そうは言うがなお嬢、子供の頃から貴族としての立ち居振る舞いを叩き込まれたお嬢たちと違って、俺もエルもダンスの素養なんざ無いんだよ。いや……阿波踊りくらいならできるかもしれんが……
「……女の手を取ってクルクル回るなど、見た事も無ければやった事も無い」
「俺もエルと同じだな。そういうダンスがあるってのは知ってるが、ダンスのステップなんざまるで知らん」
そもそも、この国で言うダンスってのがどんなものか、俺はそれすら知らんのだからな。
一口に社交ダンスと言っても、ワルツとかタンゴとか、メヌエットとかカドリールとか、色んな種類があった筈だ。少なくとも前世の地球ではそうだった。それくらいは俺も知っちゃいるが……それにしたって名前を知ってる程度だ。あとはワルツが三拍子だとかな。
フォークダンスくらいなら前世の小学校でやらされたから、俺の方がエルより少しはマシなのかもしれんが……実際には五十歩百歩ってとこだろう。
「それにそもそも、護衛である俺が任務を放棄して踊るというのは問題だろう。両手を他人に預けた状態では、アスラン様をお守りする事ができん」
……エルの抗議は妥当なもんだな。ここは俺も乗っかっておくか。
「俺も似たようなもんだな。他人の手を握ったりするのは、手首の逆を取る時ぐらいだ。ソシアルダンスが『死の舞踏』になっても、責任は持てんぞ?」
俺の指摘に我が意を得たりという感じで頷くエルだったが、そんな俺たち二人に向けられる視線と台詞は……
「あら、だからこそこうした授業があるわけですもの」
「どうせ孰れは貴族の相手をする事になるんだ。これを機にダンスの一つや二つ、身に着けておくのが無難だぞ、二人とも」
「先の事は後々考えるとしても、年末の舞踏会という関門が迫ってるわけだしね」
「エル、将来的にはだけど……僕が敵からダンスに招かれるような事になるかもしれない。その時に、君が会場にいてくれたら心強いかな?」
あぁ……エルも退路を断たれたか。主人であるアスランにあぁまで言われたんじゃ、もう逃げるわけにもいかんだろうな。
――だぁが! 俺は最後までこの運命に抗ってみせる!!
「……Aクラスの連中は大なり小なりダンスの経験があるんだろうが、俺とエルはからっきしなんだぞ? レベルが違い過ぎて授業にならんだろうが。ここは無難にだな、俺とエルだけCクラスとかDクラスに混ざって授業を受けるべきだろうが」
魔導学園の設立主旨に鑑みて、ダンスの授業が必須というのは、まぁ俺にだって理解できる。だがその授業を、Aクラスのやつらに混じって受ける必要は無いだろうが。俺が悪目立ちするだけならまだしも、クラスメイトの足を引っ張る事になるんだぞ。
「おぃおぃネモ、今までのアレコレに鑑みて、他のクラスに混じって授業……なんて事が受け容れられるとでも?」
……エリックの野郎……ダンス授業の態度と成績が今期の成績に加味されると知ってからは、のめり込むように前向きになってやがる。だが、そこに俺を巻き込むんじゃねぇよ。
「あのなエリック、落ち着いて周りを見回してみろ。俺の背丈に合わせて踊れるような女子はいねぇだろうが」
――そう、これが俺の最後の切り札だ。
幸か不幸か俺の身長は、この年齢にしちゃ図抜けて高いからな。お嬢は素より、他の女子だって俺とじゃ背丈が合わなさ過ぎる。屈んで踊るわけにもいかんし、まさか男同士でペアになれ――なんて、腐った事は言わねぇだろ。
「あら、ご心配には及びませんわ。ネモさんのお相手は先生か、もしくは上級生が務める事になっていると伺っていますもの」
……主よ主よ、なぜに我を見捨てたまうか……
ラストのネモの台詞を修正しました。ご教示戴いた方々に、遅蒔きながらこの場を借りて御礼申し上げます。




