第四十四章 壊血病 3.リスカー伯爵家式壊血病予防法顛末(その2)
~Side ネモ~
「……色々とありがとうございました……」
あらら、リスカーのお嬢さん、すっかり凹んじまったよ。……まぁ、善かれと思ってやってた事が、ぜ~んぶ裏目ってたわけだからな。意気消沈も無理はねぇか。
「それにしても、ネモさんは色々と能くご存知ですのね?」
――いかん。お嬢に疑われたか?
「俺たち貧乏人は、何かあってもお高いポーションに頼るなんてわけにゃいかんからな。自衛策として、普段から或る程度の情報は集めてるんだよ」
こりゃ、強ち嘘ってわけでもねぇ。うちの実家だけってわけじゃなくて、村の連中は何かしら色々と知ってたからな。民間療法とか。
尤も俺は、酸化型アスコルビン酸の還元不全ってなぁ、セレブ特有の疾患じゃねぇかと疑ってるんだが。……貧乏人がそういう代謝不全を持ってると、死に直結しかねんからな。そんな遺伝子は淘汰されて消えたんじゃねぇかな。対して金持ちはポーションだとかで乗り切るから、遺伝子が淘汰されにくい……って、自分で言ってて嫌んなってくるわ。
「それで……ついでと言っては何ですけれど、今の季節に手に入り易くて、生き腐れ病に効果のある食べ物って、何かご存知ですかしら?」
おっと、お嬢からのリクエストか。凹んでる場合じゃねぇな。え~と……今の季節に手に入るもんで、壊血病に効果のあるもんっつったら……
「……キャビットとかパーセルぐらいじゃねぇか? あとはレモとかリモネとか、酸っぱいもんになるぞ? ……あぁ、オンジュってのもあったっけか」
オンジュってのは、地球風に言えばオレンジだな。名前だけ聞くと「温州ミカン」みたいにも聞こえるんだが、皮が厚くて少し剥きにくいんだよな。ま、俺は力任せに剥いてるけど。
この国じゃあまり栽培されてないみたいで、暖かい国からの輸入品らしい。なのでちょいとお高いんだが、庶民に手が出ねぇほど高いってわけじゃねぇから、大抵の家では冬の間に何回か食べるもんだ。ただまぁ、俺たちに買える程度のもんだと、割と酸っぱいのが多いんだよな。
「……キャビットくらいならお召し上がりになるかもしれませんけど……パーセルは青臭いと言って召し上がりませんし、酸っぱいものはちょっと……」
……うん、ぶん殴って口の中に押し込んでやりゃいいんじゃねぇのか?
パセリなんて前世の日本じゃ、チヂミやらパスタソースやらスムージーやら、幾らでも使い処があったってのによ……
ま、お嬢にゃ悪いが、顔も知らん偏食小僧のためにレシピを渡す危険は冒せねぇ。
パセリが使えねぇとなると、あとは……柑橘類に砂糖をかけて食べるぐらいか?
「お砂糖……ですか?」
「あぁ。オンジュとかリモネなら、二つ割りにしたものに砂糖をかけて食べるってのもアリだろ? まぁ……リモネはそれでも酸っぱいかもしれんが……」
前世だとグレープフルーツがそういう食べ方をしてたよな。
「また……随分と贅沢な食べ方ですこと」
「言っとくがお嬢、俺がそういう食べ方をしてるってわけじゃねぇからな。酸っぱいもんが苦手だってぇから、食べ方を考えてやってるだけだぞ?」
……あまり酸っぱいもんを食べてると、酸で歯が溶けるかもしれんしな。……まぁ、余計な事は言わないでおくが。
まぁとにかく、リスカーのお嬢さんは野菜の調理法を見直してみると言って、自分のクラスに戻って行った。お嬢も付き添って行ったみたいだな。
……しかしなぁ……シェルミーネ・リスカーって……何かのイベントに絡んでたような気がするんだよなぁ……
確か、病気か何かのイベントで…………思い出した。
シェルミーネの病気ってのは魔力代謝の不全なんだ。過飽和とか何とか。
で、Bクラスになった事でアグネスと知り合って、アグネスが教会で治療法を調べるって流れになった筈だ。
それで……何とかいう魔物の内臓だか素材だかが治療に必要って話になって……レオとアグネスがそれを採りに行くんだった。確か二年生になってからのイベントだったよな。直ぐには思い出せないわけだ。
……そういう流れが待ち受けてるところで、俺がシェルミーネと知り合ったってのは……何か不吉な予感がしないでもないが……
……いやいや、不本意ながら俺はAクラスだし、レオとアグネスのイベントルートに乗る事は無い筈だ。
……無いよな……?




