第四十四章 壊血病 1.リスカー伯爵家の事情
~Side ネモ~
もう来週には期末試験という木の日――前世風に言えば月曜日なわけだが、未だに呼び方がごっちゃになるな――お嬢が見慣れない女生徒を伴って俺の席にやって来た。何だってんだ?
「ネモさん、少しお時間戴いても宜しいですかしら?」
……お嬢にゃ昨日の借りもあるし、駄目って言える雰囲気じゃねぇな。ま、一応釘は刺しとくか。
「構わねぇが……試験前に面倒な話を持ち込もうってんじゃねぇだろうな?」
「えぇ、少しお知恵をお借りしたいだけですの。その前に紹介させて戴きますわね。こちら、私のお友だちで、Bクラスのリスカーさんですわ」
「シェルミーネ・リスカーと申します。どうか宜しく」
リスカー? ……あぁ、確か病弱で欠席が多いって事でBクラスに廻された、お嬢の友人キャラだったっけな。何かイベントに関わってたような気もするが……
「それで、ネモさんのお知恵をお借りしたい件なのですけれど……」
お、そうだったな。ま、お嬢の事だし、差し支えない範囲でなら知恵くらい貸してやるが。
「お野菜や果物を摂らずにお肉ばかり食べていると、どうなりますかしら?」
何だ、偏食の相談かよ。だが……こっちの世界の食糧事情ってやつを考えると……十中八九、アレの話だろうな。
「……肉の種類にもよるだろうな」
「種類……ですか?」
お嬢は何の肉なら大丈夫なのか――って思ってんだろうが……少し意味が違うんだよな。
「あぁ。新鮮な生き血を飲んでるとか、生の内臓を食べるとかしてんなら、まぁ大丈夫なんじゃねぇか。肉食獣は野菜なんか食わんだろ?」
――そう言ってやったら、リスカー嬢共々ドン引いてやがる。
「あの……そういうお肉でなくて……普通の肉料理ばかり食べていたら?」
「死ぬんじゃねぇか?」
蛋白質ばかりで炭水化物を摂らなきゃ命に関わるが……多分、お嬢の言ってんのはそういう事じゃないんだろうな。
「お嬢、一応確認しとくが……肉ばかりってなぁ、パンも食わないって事か?」
「あ……いいえ、言葉が足りませんでしたわね。パンやスープは普通にお召し上がりになるそうです。……でしたわよね?」
お嬢が隣のリスカー嬢に確認してるって事は……問題の病人はリスカー嬢の家族かよ。リスカー嬢はコクリと頷いてるが……そんなイベント、あったっけか?
「それで……その場合は……」
「野菜や果物を食べないって事か? やっぱり死ぬんじゃねぇか? ……生き腐れ病で」
生き腐れ病ってなぁ、前世で言う壊血病の事だ。皮膚や粘膜・歯茎からの出血、歯の脱落、吐く息が臭くなる、貧血や体力の低下、古傷が開く……などの症状が見られる事から、こっちじゃそう呼ばれてる。
従軍兵士や船乗りなど、新鮮な野菜や果物を長期に亘って摂れない場合に発症する。こっちの世界でも割と古くから知られてるし、新鮮な野菜や果物を摂ってさえいりゃ大丈夫――ってのも知られてる筈なんだが?
「それが……ここから先はシェルミーネさんがお話になった方が宜しいですわね」
「えぇ、そうします」
リスカー嬢の話ってのを要約すると――問題の病人ってのは、彼女の一つ上の兄らしい。甘いものは好きだが、酸っぱいものや野菜は好みでなく、加えて煙草――海外から輸入されていた――も嗜むという、ビタミンC欠乏の条件を取り揃えたような駄目男らしい。……てか、リスカー嬢の一つ上ならまだ十三歳じゃねぇのか? 煙草なんか喫って、よく問題にならねぇな?
まぁ、貴族の道徳観念については措いといて……そんな生活習慣が祟って慢性的な壊血病生活を送っていたのを、発症の度にポーションで捩じ伏せていたらしいが……
「あまりにそれが続いたものですから、さすがにお父様も堪忍袋の緒を切らしまして……」
「食生活の改善を厳命されたらしいですわ」
「……てか、それって最初にやるべき事だよな?」




