第四十三章 市場にて 6.オーウェンス商会(その3)
~Side オーウェンス商会店員~
レンフォール様のお嬢様から紹介された少年は、遠目にはただの平民のように思えた。
何の躊躇いも無くパルボを手に取った事に少し興味を引かれたが、その時までは取り立てて特別だとは思わなかった。
気になったのは、長年店の隅で店晒しになっていた、モディル島の干し魚を彼が手に取った時だ。
それが何なのかを承知しているかのように干し魚を両の手に取った少年は、互いにそれを打ち合わせてその音を聴いていた。物慣れた感じのその仕草を見て、思わず声をかけたのだが……間近に立って初めて彼の異質さが判った。
頭に被っていたのは帽子ではなく、何と懐いた様子のスライムだった。スライムがあそこまで人に懐くのがそもそも珍しいのだが……そんな事は彼自身が放つ存在感に較べたら、取るに足らない些事でしかない。彼にそんな気は無いようだが、辺りを威圧せんばかりの存在感を放っていた。ただ……自分の場合はそれよりも、彼への好奇心が勝っていただけだ。
話を訊いてみると、彼はあの干し魚の使い方を熟知していた。この国の水があの干し魚からスープを採るのには向かないという事も承知しているようで、水魔法で出した水を使うと笑っていた。……レンフォールのお嬢様が連れておいでになった時に気付くべきだったのだろうが、彼は魔導学園の同級生だったらしい。てっきり護衛役の冒険者か何かだと思っていたんだが……
……まぁ、彼の出身がどこであるにせよ、パルボやモディル・フィッシュの事を熟知した「通な客」である事は間違い無い。
――この少年との誼は、切らすわけにはいかない。
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~Side ネモ~
親切な店員さんと話し込んでいたらお嬢がやって来たので、この店を紹介してくれた礼を言っておく。俺みたいなド庶民の小僧にも丁寧に対応してくれて、さすがに王都の一流店は違うもんだ。
料理長さんと店員さんが何やら話し込んで、そのまま買い付けに移行したから、俺とお嬢も後を蹤いて行く流れになった。
通りすがりに虫草を見かけたんだが……本物のコウモリガの冬虫夏草でもないのにバカ高い値段が付いていて、ちょっとビビった。
「あら、虫草ならこれくらいが相場でしてよ。ネモさんがどれだけ軽率だったか、お解りかしら?」
……ドヤ顔を決めてくるお嬢がちょっとウザいが……実際の値段を前にすると何も言えん。……森へ入れば、そこまで珍しいもんじゃないんだけどなぁ……
「それ以前に、どこにあるのかも定かでない虫草を探すためだけに、危険な森へ入ろうなんてもの好きはそうそういませんもの」
……確かに森ってのは気を抜くとヤバい場所じゃあるが……そこまで危険か?
「絶対強者のネモさんには、永遠に実感できないかもしれませんわね」
……絶対強者って何だよ? 俺はそこまで非常識じゃねぇぞ?
そう言ってやったら、お嬢に白い目で見られたんだが……納得いかん。
納得はいかんが、足を停めてる隙に料理長さんと店員さんが先へ進んじまったので、お嬢ともども慌てて後を追いかける。
追い付いたところで、二人の会話が耳に入った。
「……ほぉ……蛇の肉はそこまで払底して?」
「はい。ここだけの話ではございますが、何でも王家が効果を絶賛していたそうで。手前どもも八方手を尽くしているのではございますが……どういうわけか、肉だけが手に入りませんので。まだしも内臓や皮などはごく一部で出廻っているようでございますが、それとて内臓は薬師ギルドと魔導ギルドが、皮は皮革ギルドが独占しているような状況でして……」
……お嬢が白い目でこっちを見てくるんだが……俺が非難を受ける謂われは無い……無い筈だ……




