第四十三章 市場にて 5.オーウェンス商会(その2)
~Side ネモ~
いや~……大した店だな、ここは。まさかパルボの丸干しがあるなんて、思ってもみなかったぜ。
前世じゃ明石の干しダコってやつを食った事があるが、こっちの世界に転生してからは、とんとご無沙汰だったんだよなぁ。こっそり【眼力】で鑑定してみた限りじゃ、前世のタコと大して変わらないみたいだし。ま、値段はちょいと張るが、幸い蛇肉のせいで懐は温かいし、この機を逃すともう手に入らんかもしれんしな。
『マスター それって おいしいのー?』
『お、ヴィクは食べた事無かったか? ま、見てくれはちょいとアレだが、こりゃ結構な珍味でな。下宿に帰ったら料理してやるから、楽しみにしてろ』
『わーい♪』
――てな具合に上機嫌で店内を見て廻っていたら、店の片隅で思いがけないものに出会した。売れないらしくて埃を被っちゃいたけどな。
「お……これって……」
手に取ったそれを互いに打ち付けると、キンキンという硬い音がした。……好い感じに枯れてんな。本枯れ節ってやつだよな、これ。
ま、原料はカツオじゃないかもしれんが……
『マスター それ なにー? かたそうだねー』
『おぉ……こいつはな、このまま食べるもんじゃねぇんだ。出汁を採るためのもんでな』
『あのキノコみたいなかんじー?』
『まぁそうだな。ちょいと使い方にコツが要るが……これがあるってんなら、俺の料理のレパートリーも、一気に広がるってもんだ』
『たのしみー♪』
――てな感じに店の隅で浮かれていたら、店員さんがやって来た。浮かれ過ぎてて不審に思われたのかもしれんな。だが、丁度好いから訊いておくか。
「何かお気に召したものがございましたか?」
「あ、これって……削り器は置いてませんか?」
鰹節を削るにゃ削り器が不可欠だからな。まぁ、無ければ鉋を使ってでっち上げてもいいんだが……できるなら本物を買いたいよな。
「削り器……でございますか? ……失礼ながら、お客様はこれが何かをご存じで?」
「えーと……これと同じじゃないかもしれませんが、似たようなものを見た事は。削って出汁……スープストックを採るんだと思いますが……違いましたか?」
「いえ……そのとおりでございます。……こちらではあまり知られておりませんもので……失礼をいたしました。ただ……普通の水ですと、少々味わいが残念な事になるのはご存じで?」
……あぁ……そう言やぁ、鰹節の旨味成分のイノシン酸は、硬水だと上手く抽出できないんだっけか? この国の水は少し硬めだしなぁ……ま、【生活魔法】の【給水】で出せば問題無いけどな。
……そう言やクラスの連中、【給水】は【生活魔法】じゃないって言い張ってやがったな。俺の「ステータスボード」じゃ【生活魔法】になってるんだが……
「あぁ、大丈夫です。これでも魔導学園の生徒なんで、水魔法で出せますから」
俺は一応水魔法も使えるから、嘘ってわけじゃない。
「これは……重ね々々失礼をいたしました。……この品は手前どもが自信を持って買い求めて参りましたのですが……迂闊な事に水の事まで気が回らず、店晒しとなっていたものでございます」
この国みたいに硬水だと、イノシン酸の抽出には向かないからなぁ……
代わりに肉の煮込みなんかだと、硬水の成分が余分な蛋白質とかを抜き出して、肉を柔らかくする効果があった筈だ。要は向き不向きって事なんだろう。
「……なので、お値段の方は勉強させて戴きます。勿論、削り器もお付けいたします」
お……そりゃ、俺としちゃ願ってもねぇ話だが……
「……いいんですか?」
「はい。それで……もし宜しければ、魔法で出した水を用いた場合にどうだったのか、後日教えて戴けませんでしょうか?」
「そりゃ、それくらいでいいのなら、幾らでも」




