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第四十三章 市場にて 3.奇縁なめぐり逢い

 ~Side ネモ~


 漬物用の野菜を仕入れて大通りを歩いていると、何やら豪華な馬車が横を通り過ぎて行って……少し行ったところで停まった。俺は()(かつ)にも気付かなかったんだが、ヴィクが気付いて警告してくれた。


『マスター おじょうがいるよー』


 ただ……惜しむらくは手遅れだったんだよな。


「あらネモさん、丁度好いところでお会いしましたわ♪」


 豪勢な馬車から人の好い微笑みを浮かべて降りてきたのは、レンフォールのお嬢だった。……ちくせう、逃げ遅れたか。


「奇遇だな、お嬢。試験も近いってのに買い物か?」


 地雷っぽい臭いがプンプンした〝丁度好い〟発言はスルーして、俺は何食わぬ顔でお嬢に応じた。期末試験を持ち出して牽制しようとしたんだが……お嬢は綺麗にスルーしてくれたよ。……これだから優等生ってやつは……


「えぇ、そんなところですわ。ネモさんもですの?」

「あぁ。冬に備えて漬物(ピクルス)の材料をな」


 〝冬に備えて〟のところで、お嬢は一瞬戸惑ったようだが、()ぐと()に落ちた様子だった。……ちゃんと下々の習慣を勉強しているようだな。偉いぞ、お嬢。


「それで、ネモさんのお買い物は済みましたの?」

「あぁ、一応な」

「でしたら、少し付き合って戴けませんこと?」



 ********



 ~Side ドルシラ~


 料理長に付き合って市内の市場へ出向いてみたら、偶然にもネモさんに出会いました。これこそ天の配剤ですわよね。


 創立祭でお祖父(じい)様が子供じみた真似をなさったお蔭で、当レンフォール公爵家は非常に困った立場に置かれました。当代随一の奇才――もしくは要注意人物――と目されているネモさんに、信頼の置けぬ貴族と認識されてしまったようなのです。

 勿論、翌日には(わたくし)から正式に謝罪させて戴きましたし、ネモさんもその謝罪を受け容れて下さったのですけど……当家に対する評価はそれとは別問題という事のようでした。(もっと)も、(わたくし)への対応はそれとは別のようですけど。……〝お嬢も色々大変だな〟――と、(しん)から同情するように言われた時には、返す言葉に困りました……


 ともあれレンフォール公爵家としては、どうにかしてネモさんとの関係改善を図らなくてはなりません。ただ……問題は、〝(わたくし)との関係改善〟ではなく、〝レンフォール公爵家との関係改善〟を図らねばならないという事です。


 これが貴族家なら幾らでも方法はあるのですけど、ネモさんは貴族でなく平民の出身。それはつまり、貴族家が持つ伝手(つて)()(づる)のほとんどが使えない――という事です。

 なので直接に交渉を持つしか無いのですが……今度は王立学園の生徒という(わたくし)たちの立場が、それを難しくしています。学院の籍にある間は、貴族と(いえど)も学生への干渉は禁止されているのです。元々は、立場の弱い弱小貴族や平民出身の学生を、貴族の横暴から守るための措置だったそうですが……正直、今の状況ではありがたくありません。


 そんな苦境に陥った当家を、神が憐れんでくれたのでしょうか。ともかく、今はこの好機を最大限に活かす事を考えなくてはいけませんわね。


「付き合うったって、どこへだ? 俺も暇じゃねぇんだが」


 ――さすがに警戒心バリバリですわね。

 ですけれどネモさん、警戒心だけでは防げない一手というのもありますのよ?


「それは(わたくし)も同じ事ですわ。ただ暇潰しのためだけに、こうして市場へ足を伸ばしたわけではありませんもの」


 不審そうな表情をしておいでですけど……ここでもう一手、いかせて戴きますわね。


「誰かさんが色々とやらかして下さったお蔭で、あちらこちらの相場が想定外の動きを見せて、商人たちもそれに振り回されているようですの。事態を把握しておく事は、貴族としての務めなのですわ」


 それとなく固豆や(きのこ)の事だと匂わせると……目を()らしておしまいになりましたわね。


 でもネモさん、罪悪感と責任感をお持ちなのは人として立派な事ですけど……仮にも貴族の前でそれを見せるのは、少しばかり不用心ですわよ?


「そう思って料理長の買い出しに同行したのですけれど……やはり(わたくし)たちだけでは、相場の動きなどが()く判りませんの。それほどお手間は取らせませんから、少しばかり付き合って戴けません事? 勿論、それなりの御礼はさせて戴きますわ」


 そう脅迫……いえ、お願いして、少しばかりの時間を()いて戴く事には成功しました。


 さて――これからが勝負ですわね。

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― 新着の感想 ―
なんかネモのせいにしてるけど完全なとばっちりだね ネモもお嬢の相手なんてしなきゃいいのに あとお嬢厚かましすぎる
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