第四十三章 市場にて 3.奇縁なめぐり逢い
~Side ネモ~
漬物用の野菜を仕入れて大通りを歩いていると、何やら豪華な馬車が横を通り過ぎて行って……少し行ったところで停まった。俺は迂闊にも気付かなかったんだが、ヴィクが気付いて警告してくれた。
『マスター おじょうがいるよー』
ただ……惜しむらくは手遅れだったんだよな。
「あらネモさん、丁度好いところでお会いしましたわ♪」
豪勢な馬車から人の好い微笑みを浮かべて降りてきたのは、レンフォールのお嬢だった。……ちくせう、逃げ遅れたか。
「奇遇だな、お嬢。試験も近いってのに買い物か?」
地雷っぽい臭いがプンプンした〝丁度好い〟発言はスルーして、俺は何食わぬ顔でお嬢に応じた。期末試験を持ち出して牽制しようとしたんだが……お嬢は綺麗にスルーしてくれたよ。……これだから優等生ってやつは……
「えぇ、そんなところですわ。ネモさんもですの?」
「あぁ。冬に備えて漬物の材料をな」
〝冬に備えて〟のところで、お嬢は一瞬戸惑ったようだが、直ぐと腑に落ちた様子だった。……ちゃんと下々の習慣を勉強しているようだな。偉いぞ、お嬢。
「それで、ネモさんのお買い物は済みましたの?」
「あぁ、一応な」
「でしたら、少し付き合って戴けませんこと?」
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~Side ドルシラ~
料理長に付き合って市内の市場へ出向いてみたら、偶然にもネモさんに出会いました。これこそ天の配剤ですわよね。
創立祭でお祖父様が子供じみた真似をなさったお蔭で、当レンフォール公爵家は非常に困った立場に置かれました。当代随一の奇才――もしくは要注意人物――と目されているネモさんに、信頼の置けぬ貴族と認識されてしまったようなのです。
勿論、翌日には私から正式に謝罪させて戴きましたし、ネモさんもその謝罪を受け容れて下さったのですけど……当家に対する評価はそれとは別問題という事のようでした。尤も、私への対応はそれとは別のようですけど。……〝お嬢も色々大変だな〟――と、心から同情するように言われた時には、返す言葉に困りました……
ともあれレンフォール公爵家としては、どうにかしてネモさんとの関係改善を図らなくてはなりません。ただ……問題は、〝私との関係改善〟ではなく、〝レンフォール公爵家との関係改善〟を図らねばならないという事です。
これが貴族家なら幾らでも方法はあるのですけど、ネモさんは貴族でなく平民の出身。それはつまり、貴族家が持つ伝手や手蔓のほとんどが使えない――という事です。
なので直接に交渉を持つしか無いのですが……今度は王立学園の生徒という私たちの立場が、それを難しくしています。学院の籍にある間は、貴族と雖も学生への干渉は禁止されているのです。元々は、立場の弱い弱小貴族や平民出身の学生を、貴族の横暴から守るための措置だったそうですが……正直、今の状況ではありがたくありません。
そんな苦境に陥った当家を、神が憐れんでくれたのでしょうか。ともかく、今はこの好機を最大限に活かす事を考えなくてはいけませんわね。
「付き合うったって、どこへだ? 俺も暇じゃねぇんだが」
――さすがに警戒心バリバリですわね。
ですけれどネモさん、警戒心だけでは防げない一手というのもありますのよ?
「それは私も同じ事ですわ。ただ暇潰しのためだけに、こうして市場へ足を伸ばしたわけではありませんもの」
不審そうな表情をしておいでですけど……ここでもう一手、いかせて戴きますわね。
「誰かさんが色々とやらかして下さったお蔭で、あちらこちらの相場が想定外の動きを見せて、商人たちもそれに振り回されているようですの。事態を把握しておく事は、貴族としての務めなのですわ」
それとなく固豆や茸の事だと匂わせると……目を逸らしておしまいになりましたわね。
でもネモさん、罪悪感と責任感をお持ちなのは人として立派な事ですけど……仮にも貴族の前でそれを見せるのは、少しばかり不用心ですわよ?
「そう思って料理長の買い出しに同行したのですけれど……やはり私たちだけでは、相場の動きなどが能く判りませんの。それほどお手間は取らせませんから、少しばかり付き合って戴けません事? 勿論、それなりの御礼はさせて戴きますわ」
そう脅迫……いえ、お願いして、少しばかりの時間を割いて戴く事には成功しました。
さて――これからが勝負ですわね。




