第四十三章 市場にて 2.異世界漬物事情(その2)
~Side 「フクロウの巣穴亭」女将~
ネモ坊はそろそろ市場へ着いた頃かね。あの子がやたら美味そうなピクルスの事を話すもんだから、ついお使いを頼んじまったけど……
【収納】持ちだから大丈夫って言ってたけど……結構な量を頼んだからねぇ……
まぁ、あの子自身が結構な量を買い込むつもりみたいだったけど。
あぁ、【収納】スキルの事はあまり触れ廻らないでくれって言われたから、言い触らす気はこれっぽっちも無いけどね。
……いや、何しろあの子ってば、どこで仕入れた知恵なのか、色んなピクルスの漬け方を知ってんのよ。それこそ、この商売が長いあたしでも知らないような漬け方までね。
キャビットのピクルス一つとっても、あぁも色んな工夫があるもんだなんて、ちっとも知らなかったよ、あたしゃ。この冬は幾つか試してみようかね。オルクやサッカルの葉は、ネモ坊が採ったのを分けてくれるそうだしね。
まぁ、多少の工夫をしたところで、ピクルスがキャビットだけってぇのは少し寂しいんだけどねぇ。いや、前々からお客さんにも言われてんのよ。けどねぇ……キャビット以外のピクルスってのは、何でか上手くできないんだよ、あたしゃ。以前にクミスのピクルスで失敗したのが尾を引いてんのかもしれないけどね。
ネモ坊にそう零したら、
〝あぁ、クミスは漬けたら直ぐ食べないと、醗酵が進むと直ぐにグズグズになりますよね〟
〝やっぱりそうなのかぃ? 前に作った時も、何だか歯応えが悪くってねぇ……〟
〝長期間保存するような漬物じゃありませんし、宿屋で出すのには向かないかもしれませんね〟
――なんて言うもんだからさ。やっぱり駄目かと思ったのよ。ところがネモ坊ってば、
〝まぁ、日保ちの方はともかくとしても、パリッとした食感に仕上げるのは、工夫次第でどうにかなりますけど〟
――なんて事を言い出すんだよ。そうなったら、あたしとしても続きを聞いてみたくなるじゃないか。そうしたら、
〝方法は幾つかあるんですけど、一つにはタンニン……渋みのあるオルクやサッカルの葉っぱを一緒に漬け込む事ですね。ヴァインの葉っぱも効果があると聞きますね〟
〝へぇ……キャビットの時と同じかぃ?〟
〝はい。葉っぱ以外だと、塩も工夫の余地がありますか〟
〝塩? ……塩をどうしようってんだぃ?〟
〝どうするというか……岩塩よりも海塩の粗塩を使うと良いんですよ。岩塩を使うんなら、苦汁……重曹を少し加えるとか〟
〝……岩塩じゃだめなのかい?〟
〝海水に含まれてるミネラル……鉱物成分の中に、漬物をパリッと仕上げる効果を持つものがあるんですよ。ここらの岩塩にはそれが含まれていませんし、海塩でも上質のものだと、そういった成分は混じりものとして除かれてますから〟
〝へぇっ。上等の塩を使うのが良い事ばかりじゃないんだねぇ〟
〝キャロの輪切りを数枚加えるという方法もあるみたいですよ? 俺は試した事ありませんけど〟
――なぁんてね。まぁ、能く知ってる事。
どのみちクミスはもう季節外れだし、試してみる事はできないんだけどね。あぁ、ネモ坊は以前に買い込んでいたものを漬けるって言うから、少し味見させてもらえるように頼んだけどさ。
今時分が旬のものだと、レモの実がそろそろ出廻ってる頃だけど、あれも塩漬けにするとちょっと乙なものになるそうだから、少し買ってきてくれるように頼んだけどね。〝ダイコンやタマネギも良いピクルスになる〟――なんて、ネモ坊は言ってたど……あたし一人じゃ手が回りそうにないよ。困ったもんさね。




