第五章 知られざる「生活魔法」 5.生活魔法余話
~Side ネモ~
魔法実技の実習で俺の生活魔法を披露してからというもの、クラスメイトたちが俺に話しかけてくるようになった。……勇を鼓してという感じじゃあるけどな。
そいつらの用事はただ一つ。俺の「生活魔法」の事だった。
何で鉤括弧付きなのかというと……
「当然ですわよ。【生活魔法】はお手軽で慎ましやかとは言え、由緒正しき魔法ですもの。貴方のアレがそうだなどとは、口が裂けても言えませんわ」
「だね。少なくともディオ……獲物を丸焼きにするようなものが【着火】だなどとは、僕も思いたくはないかな」
「確かにね。亜成体とは言えディ……魔獣を丸焼きにするようなのを【生活魔法】だなんて主張するのは、さすがに火魔法使いから総スカンを食らうと思うよ?」
――お嬢・アスラン・ジュリアンたち主役組を始めとして、クラスメイト一同が口を揃えて否定してくるからだ。じゃあ聞くが、あれが【生活魔法】でないなら何だと言うんだ? そう言ってやったら皆一様に口籠もる。そら見ろ。
「大体、あれだけの出力が得られるようになったのは最近だぞ? 最初の頃は、そりゃあショボい火花しか出せなかったんだからな?」
「ショボいって……それが普通なんだけど……」
「そこから先へ進もうなんて考えないよな……普通は」
「えぇと……要は最初の頃は普通の【生活魔法】だったって事?」
「普通の【生活魔法】が、どこをどう間違ったら、あんな代物に化けるんだよ」
お前ら……口を揃えて普通々々と言うが、それだと俺の【生活魔法】が普通でないように聞こえるじゃねぇか。
「「「「「普通じゃないから!!」」」」」
「いや待て! ……ネモのアレが本当に【生活魔法】なら、練習次第で僕らにもできるって事じゃないのか!?」
カルベイン子爵家の四男だとかいうエリックってやつがそんな事を言い出したもんだから、クラス一同の視線がそっちを向いた。こないだ生物の時間に恐竜の事を質問して、後で指導室に呼ばれたKY君だ。おぃ、無責任な事を言って煽るなよ。……疑わしげな視線を向けているやつらもいるけどな。
「そう簡単にできるものですかしら? 練習だけでアレができるものなら、今まで知られていなかったというのは、おかしくありません?」
「だね。ネモ君はユニークスキル持ち、少なくともその候補者なんだろう? 魔力の波動も僕らとは違うんじゃないか?」
お嬢とジュリアンがそう窘めた事で、過熱しかけていた雰囲気が少し沈静した。まぁ、練習して悪い事は無いだろうから、試してみてもいいんじゃないか? できるかどうかは知らんが。
俺の【生活魔法】が――やつらの主張どおり――普通じゃないと仮定すると、前世での科学知識が影響している可能性がある。……と言うか、そういう設定のラノベを読んだ事がある。
影響と言うなら称号だって怪しい。『天界の恐怖』も『闘神を威圧せし者』も、どちらも威圧とかその手の効果を上昇させるみたいだが、副次的に魔力の扱い方とかも向上するみたいなんだよな。……大っぴらにはできんが。加護については……正直言ってこっちは俺にも能く判らん。
ただ……俺ほどじゃないにしても、弟と妹も似たような事はできるんだよな……
「そうですわね。仄聞するところでは、ネモさんの魔力量は40以上あるそうですけど……」
――すまん、お嬢。本当はその四倍はある。
「……魔力量だけなら、大人の魔術師なら問題無くクリアーできる値ですし……」
――魔力量167というのは、平均的な魔術師の三倍以上らしいぞ、お嬢。
「……成長期にそれだけの魔力量というのが、ポイントなのかもしれませんわね」
う~ん……弟妹たちも使える事を考えると……確かにそれが影響している可能性もあるか。しかしそうなると、お嬢たち「主役組」はできるという事にならんか?
「ですけれど最大の理由は、今まで誰もこんな馬鹿げた事は試していなかった――これに尽きるんじゃありませんかしら」
……おぃお嬢、それって、然りげ無く俺をディスってるよな? 他の連中も、あーとかうーとか同意してんじゃねぇよ。
「これは【生活魔法】に限った事ではありませんわね。初級の魔法だなどと馬鹿にしないで徹底的に修練してみると、また違ったものが見えてくるかもしれませんわね」
おぉ……さすが権謀術数で鳴らしたレンフォール家の悪役令嬢。見事にこの場の落ちを付けたな。いやぁ、大したもんだ。
「……ネモさん? 貴方のその生温かい視線が気になるのですけど……貴方、私の事を何だと思ってらっしゃるの?」
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~Side 教官室~
「例の一件からこっち、Aクラスの連中の気合いが違っていますな」
「えぇ。初心者は勿論の事、既に初級魔法をマスターしている筈の者まで、少しでも習熟度を上げようと努力していますね」
「やはりあれですかね……ネモの、自称【生活魔法】」
「アレが本当に【生活魔法】なら、努力次第で自分たちも身に着ける事ができる……そういう結論になりますからねぇ……」
「魔法適性や魔力量を問わないのが、【生活魔法】の特長でしたから……」
野外訓練場での一件は黙っておくようにとAクラスにお達しが下されたが、そうなると当然、引き金となったネモの「生活魔法」についても秘匿する流れになる。結果としてAクラスの面々は、他のクラスに明かせない理由と動機から、魔法の習得と習熟に血道を上げる事になっていた。
それ自体は教官たちとしても歓迎すべき事であったのだが……
「……実際問題として、どうなんですかね?」
「……ネモの、自称【生活魔法】ですか?」
「えぇ。他の人間にも習得が可能なのかどうか……一応自分でも試してはいるんですが……」
「おや、先生もですか。私も始めてみましたよ……妻からは変な目で見られていますけどね」
「あぁ、私もですよ」
「一朝一夕にはできないでしょうが……万一、再現が可能となったら……」
――ゴクリと一同が唾を飲み込んだ。
「……大騒ぎになりますな、間違い無く」
「潜在的な魔法戦力が数倍に跳ね上がるわけですからな……」
「下手に他国に知られて先んじられでもしたら、取り返しの付かない事に……」
「魔導学園の教師としては、複雑な心境ですな……」