第四十三章 市場にて 1.異世界漬物事情(その1)
~Side ネモ~
十一月最後の光の日、地球風に言えば日曜日、俺はヴィクを連れて市場に来ていた。ここへ来たのは仕入れのためだが、今回は俺一人分の仕入れじゃない。宿の女将さんからも頼まれてるんだよ。……何をかって言うと、漬物用の野菜だな。
野菜類の入手が厳しくなる冬に備えて、俺たち庶民は秋口から漬物の用意に取りかかる。今年は色々と……本当に色々とバタバタしてたせいで少し出遅れたが、まだ挽回の余地はあるわけだ。……期末試験がもう目の前だが、俺たちみたいな庶民にとっちゃ、食糧の確保は成績以上に重要な案件だしな。
上流階級のお偉いさんとかは、マジックバッグだの保存庫だのを使って、冬の間も新鮮な野菜を食べられるかもしれんが、俺たち庶民はそうもいかん。冬場の野菜類の確保のためにも、各種各様の漬物類を準備するのは当然なわけだな。特に俺は、寮住まいじゃなくて校外に下宿してるわけだし。
『でもマスター マスターはスキルをもってなかったー?』
……まぁ、確かに俺は【収納】持ちだから、野菜なんかも新鮮なまま保存しておけるんだけどな。
『生野菜はそのままだと嵩張るんだよ。炒めたり漬物にした方が、嵩が減って沢山食べられるからな』
脂溶性のビタミンなんかは、油と一緒に摂った方が吸収も良いしな。
『ふーん』
――てか、こっちでは漬物自体があまり発達していないんだよな。お国柄って言うか、どうも【収納】スキルやマジックバッグがあるせいで、冬でも新鮮な野菜や果物が手に入るかららしい。庶民が持つようなものじゃないのは確かだが、スキルやバッグを備えてる店で買えばすむわけだしな。割高になるのは仕方ないとしても。
それに……厨房のバネッサさんとも話したんだが、どうもこの国のやつらって、野菜をあんまり食ってないんじゃねぇか? 特にセレブども。憖ポーションとか治癒魔法があるせいなのかもしれんが……
ま、俺たち庶民はしっかり野菜を食ってたけどな。……それくらいしか食うものが無かったとも言えるが……
まぁともかくだ、俺の前世が日本人だったせいもあるんだろうが、実家じゃ多種多様な漬物を仕込んでは、冬の間中食べてたんだ。こっちでもそれを止めるつもりは無い。
漬物用の塩も、帰省した時に地元……塩川上流産の岩塩に加えて、態々ウォルティナで海水塩まで買ってきてある。漬物をパリッと仕上げるためには、海の粗塩に含まれるカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが必要だからな。確か、細胞壁のペクチンを架橋し強化する働きがあった筈だ。細工は流々、抜かりは無ぇよ。
問題は……問題だったのは、仕込んだ漬物を置く場所だったんだよな。一人分とは言え一冬分の漬物となると、結構な場所を取るわけだし。俺の【収納】に仕舞っておくと、時間経過が無いために上手く漬からないし。
どうしたもんかと困っていたら、下宿の女将さんが協力を申し出てくれた。漬物のバリエーションを増やすのに協力してくれるなら、宿の厨房に置かせてくれる――ってな。
宿で冬の間出しているのはザゥアークラウト……要するにキャベツの漬物くらいで、味はともかく変化に乏しいんだそうだ。偶には目先を変えたいって言うんで、幾つかのヴァリエーションを教えたのが切っ掛けだった。
ちなみにザゥアークラウトってのは、キャベツ――あぁ、こっち風に言ったらキャビットだな――を塩漬けにして乳酸菌発酵させたもんだ。新鮮なキャベツにそこそこ豊富に含まれているビタミンCが、漬物にしても失われないってんで、地球じゃビタミンCの補給やら壊血病の予防やらに使われていた。
そのザゥアークラウトだが、オークやサクラ――こっち風に言うとオルクやサックルか――の葉をキャベツと交互に漬け込むと、タンニンの効果でパリッと仕上がるんだよな。女将さんは知らなかったようだが。
他に工夫は無いかと言うんで、
・林檎やクランベリーなどのフルーツを加える。
・マッシュポテトを加える。
・砂糖を混ぜて温め、甘くしたものを供する。
・甘口の白ワインを加えて作るワインクラウト。
――なんかを教えてやったら、女将さん驚いて……いや……軽く引いてたな、あれは。
……まぁ、そんなこんなの経緯があって、俺は漬物用の野菜を買いに、斯うして市場へやって来たってわけだ。
ちなみに、今回はヴィクが大活躍してくれてる。スライムは感覚が鋭いからな。
品質の良い物はどれか、今食べ頃なのはどれか、数日後に食べ頃になるのはどれか、食べ頃ではないが香りや辛み・苦みの強いものはどれか等々、お役立ち情報を教えてくれるんで大助かりだ。偉いぞヴィク。
『えへへー♪』




