第四十二章 新メニュー評定 6.新たな懸案
~Side ドルシラ~
次の日の朝、暢気に登校なさったネモさんを、クラスの皆さんが取り囲んでいらっしゃいます。割と珍しい光景ですわね。ネモさんも戸惑っておいでのようです。けど――私を含むクラスの皆さんには、そうするだけの理由もございますのよ?
その理由については、Aクラスを代表してカルベインさんが答えて下さいます。
「ネモ! 食堂の新メニューに何を提案したんだ!?」
「……あ?」
当然ネモさんにはお心当たりがある筈です。けど、この件がどうしてクラスの皆の知るところとなったのか、そこが理解できないご様子です。けど――実のところは呆れるくらいに簡単な事なのです。
食堂前の廊下の壁に、来期の新メニューを検討中との告知が貼り出されていますけど、その検討班のところにネモさんの名前が書き加えられていたのをカルベインさんがご覧になった……ただそれだけの事なのです。
「マジかよ……司厨員さんたち、気を遣わなくていいって言ったのに……」
……あら? 厨房がネモさんに気を遣うという事は、ひょっとして……?
「あー……悪いがカルベイン、確かに幾つか提案はしたけどな、それが採用されるかどうか、また、どういったアレンジが加えられるのか、それを知らんから、俺としては何とも答えようが無いな。……ただ、材料の入手に難がある蛇肉は提案してねぇよ」
「う……ん」
クラスの皆さんは、何か誤魔化されたようでご不満のようですけど、ネモさんとしてはそう答えるしか無いのでしょうね。ですけれど……
「少しお待ち戴けます? ひょっとしてネモさんが提案なさった中に、『パンケーキ』がございませんでした?」
「……何で判った?」
ネモさんは不思議そうですけど、少し考えれば判りますわよね。
〝厨房がネモさんに気を遣う〟という事は、〝ネモさんの工夫だと知られている料理を採用する事になったため、発案者のネモさんの名前を告示しておく〟という可能性が高いですもの。
ともあれ、新メニューの候補がパンケーキだと判って、クラスの皆さんは安堵してらっしゃるようですけど……これはこれで問題ですわね。
「そうか……パンケーキか……」
あら、マヴェル様もお気付きになったようですわね。
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~Side コンラート~
クラスに危機感を抱かせた「ネモの新作メニュー」がパンケーキだと判明して、クラスの中には安堵の空気が漂っているが……王国としての見地では、これは少し面倒な事になるかもしれない。
創立祭でネモがやらかした事で、それまで不遇を託つていた固豆が、一気に流行の商材に化けた。そのせいで相場が混乱して市場が騒ぎになっているのだが……ネモのやつ、懲りもせずにその再演を招くつもりか。
いや、ネモの「パンケーキ」が頗る上等のものである事には、私とて異論があるわけではない。寧ろ上等のものであるがゆえに面倒なのだ。
ネモのパンケーキには重曹を使う。そして、パンケーキに重曹を使うなどという事は、それまで知られていなかった技法なのだ。実家の料理長に確かめたから間違い無い。殿下も王室料理長に確認したそうだし。
話を戻すが……ネモのパンケーキに重曹を使う事は、クラスの連中が挙って実家に通知しただろうが、どこの家でも情報の秘匿を決め込んでいるようだ。学園の厨房もそれは同じだが、こっちは発案者のネモに遠慮した結果のようだな。
ともあれ、周知の範囲が限られているせいで、重曹の買い集めも限られたものとなり、市場から消えるような事にはなっていない。
しかし……もしもネモのパンケーキが学食のメニューに登場するとなると……これは瞬く間に広く知れ亘る事となる。いや、それ以前に、生徒全員の需要を満たそうとするなら、重曹の必要量は膨大なものとなる。現在市場にある分だけでは賄いきれなくなるのは必至。そうすれば必ずや買いだめや買い占め・転売に動く者が現れよう。……再び市場が混乱するのは明白だ。
……宰相から学園長に話を通してもらい、事前に何らかの手を打つ必要があるな。
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~Side ドルシラ~
ネモさんがポロリと呟いたその言葉は、私を心の底から戦慄させました。
――〝パンケーキ十段重ね〟
何という罪深い言葉でしょう。
……帰ったら料理長と話し合う必要がありますわね。




