第四十二章 新メニュー評定 5.相談(その4)
~Side ネモ~
「ドレッシングは何を?」
「……ドレッシング? ……いや……塩とかレモの汁をかけるぐらいだけど……?」
レモっていうのは、前世の地球で言うところのレモンに当たるんだが……外見はスダチみたいなんだよな。使い方を間違えるような事は無いが、時々うっかりスダチって言いそうになる。
ま、それはそれとしてだ――こっちの世界じゃドレッシングの類がほとんど無いみたいなんだよな。ゼハン祖父ちゃんもエバ祖母ちゃんも知らなかったし。
冷蔵庫が普及してないこっちの世界じゃ保存が難しそうだというんで、祖父ちゃんも商品化は進めないようにしたみたいだが、レシピは取引の材料にするつもりらしい。まぁ、俺が学園に進学するに当たって、人間関係の円滑化のためにレシピを提供するかもしれないとは言ってある。誰かに教えたら一報してくれとは言われたが……問題は無いだろう。
醤油ベースの和風ドレッシングは、さすがにまだ教えるわけにはいかんが、油と酢を基本にしたイタリアン・ドレッシングやヴィネグレット・ソースとかなら問題無いだろう。
「へぇ……こりゃまた……」
「手軽に作れるくせに、随分と洗練されたソースだな……」
「野菜の味を引き立てるが、出しゃばり過ぎる事は無い、か……」
「いや……これなら肉にかけてもいけるんじゃないのか?」
料理人さんの一人がそんな事を言い出した。思わずポン酢の事を教えそうになったが、危うく踏み留まったよ。あれも醤油がベースだからな。……いや……本来は醤油を混ぜる前の、ダイダイの絞り汁の事だっけな。醤油と混ぜたやつ――正式にはポン酢醤油って言うべきなんだろうが――そいつも〝ポン酢〟って言うからなぁ……
そんな事を考えている間に、料理人さんたちの話は、冷肉を添えたサラダにまで発展してた。サラダの具として肉を使うって発想は、意外と無かったみたいだな。話の序でに粉チーズの事を教えてやったんだが、これもサラダにかけるという発想は無かったようだ。いや……サラダ自体が未発達なのか?
「言ってしまえば生野菜だからねぇ……お貴族様のお眼鏡に適うかどうか……」
バネッサさんはそう言うけど、要はアピールポイントがあればいいんだよな?
先日の茸狩りの時の経験に鑑みれば、使えそうなポイントはあるんだが。
「美容と健康?」
「えぇ。健康だけでは食い付きが良くないかもしれませんけど、美容……具体的には痩身とか美肌に効果ありってぶち上げてやれば、少なくとも女生徒やその母親は懐柔できるんじゃないかと」
……茸狩りの時は、ダイエットへの食い付きが凄かったからなぁ……お嬢……
「そりゃ……確かに食い付きは良いかもしんないけどさ。……大丈夫なのかい?」
「効果があるのは間違い無い筈です。……バネッサさんが気にしてるのは、馬鹿な親が〝効果が無かった〟――って怒鳴り込んで来る事だと思いますが?」
「ぶっちゃけ、その通りだね」
「だったら証拠を用意してみましょう。……いえ、〝美容に効果があった〟という証拠は見つからないかもしれませんが、〝野菜を摂らないと酷い肌荒れになる〟っていう証拠なら、医務室かどこかに問い合わせれば見つかるんじゃ?」
……って言うか、実際にそういう資料を冒険者ギルドの医務室で見たからな。
「あぁ、なるほど……そっちから攻めてくのかい……」
「まぁ、脅迫みたいなもんなんで、俺としてもあまり気は進みませんが……」
食堂に貼り出されていたら、食欲が減退しそうな絵面だったからなぁ……
「実際に貼り出すかどうかは別にして、お貴族様対策に用意しておくのはいいかもしれないね」
「まぁ、サラダを実際にどう売り込むのかはお任せしますよ。差し当たって俺に思い付けるのは、炒め物とサラダくらいですね」
揚げ物は油代が馬鹿にならんだろうしなぁ……。他には……固豆を使ったポップコーン擬きはあるが、あれはおやつならともかく、食事には向かんだろう。燻製は手間がかかるから、イナゴみたいな食欲の生徒たちの分を用意するのは無理だろう。
――ま、この辺りが落としどころなんじゃないか?




