第四十章 茸狩り 13.エスカルゴ談義(その1)
~Side ナイジェル~
メイベルに言われた茸も採れず、ネモのやらかしに巻き込まれたせいで、精神的な疲労が凄い。トボトボと学園へ戻ろうとしていたところで、ネモが声を上げた。
「お……コイツがいたか」
警戒と期待――後者は怖いもの見たさってやつだ――が混じったような思いでネモの方を見ると……葉っぱの上に載っている何かを眺めているようだ。
「ネモさん、何かありまして?」
――と、レンフォール公爵のお嬢様が話しかけている。……何だか、眼が期待に輝いているような気が……
「あぁ……まぁ、食い物には違い無いんだが……」
……ネモの視線が向いてる先には、カタツムリが一匹いるだけなんだが……?
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~Side ネモ~
周りを何の気無しに見ていたら、葉っぱの上に乗っかってるカタツムリに気が付いた。実家――こっちのな?――にいた頃に時々食ってたやつだ。前世地球で「エスカルゴ」って呼ばれてた種類に相当するらしい。
俺の故郷である湖水地方は貝類も豊富だから、態々カタツムリを捕って下拵えまでして食べる事はあまり多くなかったが、コイツはコイツで一味違う風味があるしな。寄生虫がいないか【眼力】で鑑定する必要もあったから、俺以外は料理しなかった。まぁ、今までに寄生虫がいた事は無かったけどな。万一の時の用心ってやつだ。
――で……思わず呟いて出た言葉を、お嬢に聞き付けられたみたいだ。……本当に、食い物に関する事では、スペックが五割方上がってないか?
「……何だこれは?」
あぁ……エルは乾燥地の出身だしな。カタツムリなんか見る機会は無かったか。
「ほぉ、マイマイか。これも色々な種類がいるようだが……ネモ、これも食用なのかね?」
「おぃ坊主、こんなもん食えるのかよ?」
『マスター たべられるのー?』
あぁ……みんな集まって来ちまった。……俺への質問が、食用かどうかに偏ってる気がするんだが……?
「何を今更。世の中の全ては『食べられないもの』・『食べられるが不味いもの』・『美味いもの』に分けられると言い切っていただろうが」
「……お前もそれに同意してたろうが」
「で、これは食べられるんですの?」
お嬢……お嬢も一応は淑女のカテゴリーに入るんだから、食えるかどうかだけにそこまで執心するのはどうかと思うぞ?
「あぁ……食えるのは食えるし、結構美味くもあるんだが……ちょいと下拵えが面倒でな」
ヨーロッパ産のエスカルゴはともかく、前世の日本にゃ広東住血線虫って厄介な寄生虫がいたからな。俺は【眼力】の鑑定機能でチェックしてるが、そんな事をカミングアウトするわけにゃいかん。……ふわっとした感じに忠告だけしとくか。
「……まず、ここより温暖湿潤な場所だと、厄介な寄生虫がいるらしい。この国ではそれらしい話は聞かないから、大丈夫だろうとは思うがな。俺も詳しくは知らんが……カタツムリはこの寄生虫の中間宿主で、終宿主はネズミの類だった筈だ。人間に寄生した寄生虫は生活史を完了できずに途中で死んじまうが、その過程で脳炎や髄膜炎を引き起こす事がある……らしい。臨床症状としては……発熱・頭痛・麻痺・痙攣・昏睡……とかだったかな?」
「……充分に詳しいではないかね」
「いえ、中間宿主や終宿主への寄生率や人の罹患率、正確な病態像、治療の手段などを知りませんから、詳しいとまでは言えないかと」
俺のは所詮ネットで拾った知識だからな。しかも転生前の地球の話だ。こっちの世界での実情は知らんから、偉そうな事は言えねぇよな。
「……ネモ……その寄生虫とやらは、この国にいるのか?」
コンラートの言うとおり、それが問題なんだよな。
「判らん。話を聞いて心配になったんで、ウォルトレーンの水産ギルドに問い合わせてみたんだが……」
「……どうだったんだ?」
「俺が聞いた症状に合致するような例は、確認されていないそうだ。話してくれた旅人も、もっと温暖湿潤な国の話だって言ってたしな。ただ……この国で網羅的な調査がされたのかどうかを知らんから、俺としては〝判らん〟と答えるしか無い」
「そうか……」
コンラートのやつはそれで納得したようだが、
「ネモさんは戴いた事がありますの? この――カタツムリ……でしたかしら?」
お嬢は追及の手を緩めないな……
「まぁ、一~二回は食べた事があるが……俺の故郷の湖水地方だと、普通に貝が採れるからな。態々カタツムリを食べる必然性は無いわけだ。下拵えも面倒だしな」
「……そう言えば、そうおっしゃっていましたわね。どのような事をなさるんですの?」
……拘るなぁ……
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。