第四十章 茸狩り 12.口止め料交渉
~Side ナイジェル~
ちょっと王都近くの森で茸を採って帰るだけ――俺としてはそのつもりだったんだが……どこでどう間違ったのか、機密だの禁制だのと、庶民には縁の無い筈の話ばかり聞こえてくる。途中で怖くなったので、只管見ざる聞かざる言わざるに徹していた。俺みたいな下層民には荷が重い。
なのに……ネモのヤツときたら……お偉方を向こうに廻して言いたい放題言ってやがる。アイツの心臓はどうなってんだ。……心臓の代わりに、ゴーレムの呪核か何かが据えてあるんじゃないのか……?
「おぃナイジェル、今日はすまなかったな」
とりとめも無くそんな事を考えていたら、いきなり当の本人から声をかけられたもんだから、俺は思わず飛び上がるとこだった。
「あ、あぁ……いや、何だ?」
「いや、出汁用の茸を採るつもりで来たってのに、お目当てのものが見当たらないばかりか、アマニットも口外禁止にされるみたいだからな」
意外な事に、ネモは目当ての茸が採れなかった事を気にしていたみたいだ。
「いや……それはネモのせいじゃないし……」
「まぁ、それはそうなんだが……あいつら、アマニットの利用禁止とか言い出しやがったからな」
ネモは不満そうだが、俺としては毒に中る危険を冒してまでアマニットを採る気は無い。メイベルだってそうだろう。答えかねて俺が黙っていると、
「いやネモ、誤解してほしくないんだが――知識の独占とか、そういう意味じゃないからな?」
Aクラスのやつが話に割り込んできた。……確か、コンラート・マヴェルだったか。
「茸を出汁に使うという発想は確かに有益だが、その茸に毒があるというのは看過できん。下手に話を広めると、中毒する者が増えるばかりだろう」
その点は俺も同感だ。ついでに言うと、話を広めたり茸料理を出した者が非難される流れになるのも確実だしな。
「冬虫夏草の方はどうなんだ?」
「あれはもっと駄目だ。『プラントワーム』という名前だけが先走って、強欲な商人どもが争って手を伸ばすぞ? 森での事故が増えるだけでなく、森が荒らされるのも間違い無い。そうなると、迷惑を被るのは市民たちだ。国として見過ごすわけにはいかん」
あぁ……確かに、そんな事態は俺も願い下げだな。
なるほど、将来の宰相候補ともなると、深いところまで考えるもんだ――と、感心していたら、
「長期的な展望は結構だがな、マヴェル。俺たち庶民にとって必要なのは、遠大な福祉計画じゃなくて、目先の小銭なんだよ」
――と、ネモが身も蓋も無い事を言い出した。
「俺はともかくナイジェルたちは、出汁用の茸を採る予定が覆されて迷惑を被ってるわけだからな。それ相応の補償が必要だろうぜ」
いや……別に毒茸を採るつもりは無いと言おうとしたら、ネモがこっちを向いた。
「お前の事は〝王立学園生徒の義務〟とやらで縛れても、妹や親御さんはそうもいかねぇわけだ。せめて口止め料は吹っかけてやれ」
――口止め料!? ……あぁ……そういう事か……
「……解っている。ご家族には何らかの形で補償できるよう掛け合うつもりだ。だから、ナイジェル君にはご家族の不満を抑えてくれると助かる」
「――というわけだからナイジェルよ、迷惑料もついでにふんだくってやれ」
……バルトランのやつへの利益供与は、貴族の付き合いって形で為されるんだろうな。