第四十章 茸狩り 10.ネモのダイエット講座(その2)
~Side ネモ~
「痩せるっていうか……茸は繊維質と水分でできてるようなもんだからな、満腹感の割りにはカロリー……太る元になる澱粉質や脂肪分が少ないんだよ」
「……それは……栄養価が低いという事ではないのかね?」
オーレス先生が疑わしげに訊いてくるんだが、まさにそのとおりなんだよな。
「エネルギー源という意味ではそうです。まぁ、それ以外の栄養素とかもあるんで、一概には言えませんけどね」
「つまり……身体を作る以外の栄養素が主体になっているという事かね?」
お、今度の質問者は料理長さんか。さすがに良いところを突いてくんな。
「まぁ、そうですね。ものによっては薬効成分も含みますし」
「ふむ……食べても太らない食べ物……一般的に言えば食材とはなりにくいようだが……」
「えぇ、食べ過ぎ飲み過ぎ太り過ぎの気のある、お貴族様とかにゃ受けそうでしょ? ……お嬢……お嬢の事を言ってるわけじゃねぇから、そう睨むなって」
「あ、あら……そういうつもりでは……」
「ネモ、ひょっとしてそれは茸だけではなく、野菜類とかもそうなのかね?」
「そうですね。全部が全部というわけじゃありませんけど、葉物野菜なんかは似たところがありますか」
「ふむ……単なる付け合わせではないという事か……」
「その事を理解していないと、ただの付け合わせと思うでしょうけどね」
そう言ってやると、全員が哀れむような視線を投げて寄越した。……何だってんだ?
「ネモ……それだけの知識を持つ者が、どれだけいると思ってるんだ?」
「ネモは少し現実というものを知るべきだな」
「おぃマヴェル、そっちこそ現実を見てものを言え。肉どころか麦も満足に食えない庶民は、野草なんかを採って露命を繋いでいるんだ。だけどな、栄養失調を別にすれば、粗食が健康の害になったって話は聞かんだろうが。俺たち貧乏人だけでなく、一部の司祭さんたちもその点じゃ似たり寄ったりだぞ」
そう言い返してやると、コンラートのやつは口を噤んだ。
「待てネモ、俺たちの故郷では野菜なんてのはご馳走で、滅多に手に入らなかったんだが?」
……今度はエルかよ。こいつは確か、乾燥地の遊牧民出身だったよな?
「別に茸や野菜にしか、その栄養素が含まれてないってわけじゃないからな。……そうだな、俺も詳しくは知らんが……お前たちの故郷って、家畜を追って生活してるんじゃなかったか?」
「……能く知っているな。そうだ、駱駝や山羊を飼う者が多い」
キャルムってのは、確か駱駝みたいな生き物だったよな。ギーってのは山羊だったか。
「――で、キャルムとかの乳が重要な食料なんじゃなかったか?」
確か……エルの出身部族の設定は、ベドウィン族がモデルになってるって話を聞いた事がある。……メタな話だが、それがこっちでも通じるんなら……
「……どこから聞いたのか知らんが……その通りだ。キャルムやギーの乳無くして、俺たちの生活は成り立たない」
おぉ……メタな思い付きが通じたよ……エルは疑わしげな目でこっちを見てるが……いや……エルだけじゃないか? ……さっきから少しばかり吹聴が過ぎたか? 妙な目で見られているんだが……いや!
こういう時は押しの一手だ! 臆せず堂々としていりゃあ、そのうち向こうが諦めるだろ。……いざとなったら、ゼハン祖父ちゃんの伝手で色々と話を訊き込んだ事にしておこう。幸い、ウォルティナはそこそこ大きな市場町だし、そこまで不自然な話でもないだろう。
ともあれ、今はエルの相手だ。
「その乳ってやつが決め手だな。ちょっと考えてみりゃ解るだろうが、赤ん坊は乳だけを飲んで育つんだ。いわゆる完全栄養食ってやつだな。人とキャルムじゃ種族が違うが、それでも栄養豊富なのは違わない」
「待てネモ、乳なら貴族だって飲むぞ?」
「マヴェル……言わせてもらうが、お貴族様はどれくらいの頻度で乳をお飲み遊ばすんだ? 毎日毎食飲むってのか? 赤ん坊と同じように?」
「いや……そこまでは……」
「エル?」
「……ほぼ毎食だな。麦の粉で作ったパンケーキのようなものに、乳で煮出したチャイ、あれば干し肉といったところか」
……今こいつ、サラッと「チャイ」って言ったよな? ……ひょっとして、地球のベドウィンと同じように、茶を常飲してんのか? けど、〝ミルクで煮出す〟とも言ったよな? 前世地球のベドウィン族とは違うのか? 寧ろインドやネパールの飲み方に近いような……
いや……そもそも問題の「チャイ」が、紅茶のような「醗酵茶」なのか、ウーロン茶のような「半醗酵茶」なのか、それともプーアル茶のような「後醗酵茶」なのかも判らんしな。
待てよ……前世地球のベドウィン族は、コーヒーを飲んでるって話も聞いたような気が……昔々アラブの坊さんがどうこうって歌もあったよな?
……放って置こう。面倒そうな藪は突かないに限る。こういう時は話題を逸らす一手だな。